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1話
𝒈𝒐⤵︎ ︎
その日から、異変は始まった。
まず、妙な倦怠感が続くようになった。
朝起きても体が重く、昨夜はしっかり眠ったはずなのに、まるで一晩中激しい運動でもしたかのような疲労感があった。
「うわ、だる……」
リビングに降りると、じゃぱさんが朝食の準備をしていて、のあさんがコーヒーを淹れている。
「うり、顔色悪いよ?」
「うん、ちょっと寝不足かな」
そう言って誤魔化したが、自分でも鏡に映る顔色の悪さに驚いた。
クマが濃く、肌は土気色だ。
そして、日中、実況動画の撮影中に、突然の眩暈に襲われることが増えた。
ある日、いつも通りマイクに向かって話していると、急に視界がぐらりと揺れた。
「っ……」
思わず口元を押さえ、ぎゅっと目を閉じる。隣にいたヒロくんが心配そうに
「うり? 大丈夫?」と声をかけてきた。
「あ、うん。ちょっと、貧血かも。休憩もらうわ」
なんとか笑顔を作ってそう答えるのが精一杯だった。
本当は立っているのもやっとで、すぐにでも横になりたかった。
シャワーを浴びてから、肩甲骨の痣を改めて確認すると、それは前よりもわずかに濃く、そして少しだけ大きくなっているように見えた。気のせいだろうか。
しかし、熱を持っているような、微かな熱感があった。
夜になると、さらに症状は悪化した。
全身の関節が軋むように痛み、頭はガンガンと脈打つ。
何よりも辛いのは、耐え難いほどの吐き気だった。
夕食はほとんど喉を通らず、無理に食べるとすぐに吐き出してしまいそうになる。
自室のベッドに横たわり、天井を見つめる。
体が鉛のように重く、寝返りを打つことさえ億劫だ。
「はぁ、はっ……なんだこれ……っ、気持ち悪い……」
胃のあたりから込み上げてくる不快感に、口元を強く押さえた。
額には冷や汗が滲んでいる。
まるで、体の内側から何かに蝕まれているような感覚だった。
「なんで……こんなに……っ、苦しいんだよ……」
もしかして、あの桜の形の痣と関係があるのだろうか。
そんな馬鹿な、と頭の片隅で冷静な自分が否定するが、この異常な体調不良の原因が他に思い当たらなかった。
眠ろうとしても、体の不調がそれを許さない。
熱いような、寒いような、感覚が麻痺しそうだった。
「誰にも……バレたくない……」
弱音を吐くまいと、布団を強く握りしめる。この苦しみを、シェアハウスのメンバーに知られたくなかった。
心配をかけたくないし、何より、こんな状態の自分を見られたくなかった。
しかし、その夜も、次の日も、黒い桜は静かに、しかし確実にその面積を広げていった。
まるで、彼の元気や活力を吸い取るかのように。
異変は、体調不良だけに留まらなかった。
疲れやすくなったことで、うりの集中力は次第に鈍っていった。
その影響は、日常生活のちょっとした瞬間に現れ始める。
朝、キッチンで朝食の準備をしている時、手にしていたコップを不意に滑らせてしまう。
「っあ……!」
幸いにも割れはしなかったが、カシャン、と床に落ちた大きな音に、リビングにいたなおきりさんが驚いて顔を上げた。
「うりりん、大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫!ちょっと手が滑っちゃっただけ!」
うりは慌ててコップを拾い上げた。
なおきりさんは不思議そうな顔をしていたが、すぐにまたスマホ画面に目線を落とした。
胸を撫で下ろしながら、うりは自分の手元をじっと見つめる。
こんなに不注意になったことは、今まで一度もなかった。
その日の動画撮影中も同じだった。
マイクラの建築作業で、うっかりブロックを置き間違えてしまう。
皆に笑いながら「うりりん、珍しいね」と言われたが、その度に心臓がドクリと跳ねる。
そして、その夜。
シャワーを浴びてタオルで体を拭いていると、腕に小さな切り傷を見つけた。
いつ、どうやって怪我をしたのか、全く記憶にない。
「…また、か」
肩の黒い桜の模様は、少しずつ、少しずつ、まるで根を張るかのように広がっている。
そして、その面積が増える度に、彼の心身の不調は確実に深まっていた。
「…これ、やばいかな」
初めて、うりの顔からいつもの笑顔が消えた。
不安が津波のように押し寄せ、胸の奥を締め付ける。
彼は、このまま自分がおかしくなってしまうのではないか、と本気で恐怖を感じ始めていた。
🌸𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎