テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
上野文
10,374
#悲しい
シジミン
107
kirisu
551
畝澄ヒナ
119
「前にも言ったけど、人生って自分が思ってるよりすげぇ短いんだよ。俺はそう思ってるからこれ以上無理に友達探しをしようとせず、今いる人を大切にしている。朱里となら国内海外問わず色んな所に行きたいし、時間が足りねぇ。涼や中村さんと一緒に旅行するって言ったら、もっと必要だ」
以前にもその話は聞いたので、私は小さく頷く。
「それに、結婚したら子供の事も考えないとならねぇだろ? そうしたら朱里には〝ママ友〟ができる。否が応でも新しい人と付き合っていくんだ。その中で気の合う人が見つかるかもしれないし、今後副社長夫人になって、パーティーやらに参加していく中、お前を大切に扱ってくれる人と出会うかもしれない」
私の肩を撫でる尊さんの手は、優しい。
「……持論だけど、清く正しくあれば、向こうからいい縁が転がってくる。……逆に俺は、妙なタイミングで近づいてくる人を警戒するぐらいで丁度いいと思ってる。上手くいってそうな奴に近づいてくる奴は、大体底が知れてるんだよ」
私はもう何も言えず、コクンと頷いた。
「朱里、ちゃんと返すから、このチャーム、一旦預かっていいか?」
「……はい」
返事をすると、尊さんは私の頭をポンポンと撫で、「ごめんな」と囁きチュッと音を立てて頬にキスしてきた。
**
朱里に「寝る準備をしたら?」と言ったあと、俺は書斎に入ってデスクの上にチャームを放った。
握った瞬間に分かった。
この手のチャームにしては、不自然なまでに綿がパンパンに詰められて固いし、上手く繕ってあるが、縫い目が若干雑だ。
商品として工場で作られたというより、多少裁縫の上手い素人が塗った縫い目だ。
俺自身、手芸に造詣が深い訳ではないが、常日頃、スーツや革製品など様々な物の縫い目を見ているから、嫌でも乱れが分かるのだ。
(この辺だっけか)
俺はあまり使わない引き出しを開け、裁縫道具を出す。
そしてデスクのライトをつけ、まずチャームの写真を撮ってから、手芸用のハサミを使い、チャームの糸を切っていった。
慎重に糸を断ち続けると、やがて中から大量の綿がはみ出てくる。
明らかに詰め過ぎだ。
それに見た目から、異なる二種類の綿が詰められているのが分かった。
そして――。
「……おい、聞いてるんだろう? 二度とこんな真似をするな。まだ一度目だから忠告で済ませてやる。二度目はない。覚えておけ」
俺は黒くて小さな機械――盗聴器に向かって凄む。
「証拠写真は撮らせてもらうぞ」
わざと声に出して言ったあと、俺は綿をはみ出させたチャームと、その中に埋もれている盗聴器を、パシャパシャと撮った。
そのあと少し考え、トントンとスマホを操作して、盗聴器の側でお経のフリー音源を流し始めた。
(除霊……、じゃねぇか。まだ生きてるもんな。でも生き霊ぐらい飛ばしてそうだ)
そんな事を考えながら、俺はモスグリーンの糸を出し、適度に綿を戻して丁寧に縫い直していった。
お経を聞きながら、というのが実にシュールだが、逆に単純作業に向いているのかもしれない。
学生時代ぶりに裁縫をして新鮮な気持ちになり、朱里が持つ物だからと思って丁寧に縫った。
正直、盗聴器が入っていた物なんて朱里に戻したくないが、まだ小鳥遊に幻想を抱いているなら、それを壊す事もないだろう。
裁縫が終わったあと、俺はお経を止め、盗聴器の電源を切った。
「無駄に性能がいいのも困ったもんだな」
俺は呟き、溜め息をつく。
高性能なものなら連続録音時間が長いし、大元のパソコンで要らないデータを削除していけば、空いた容量で色んな音を拾えるだろう。
このまま小鳥遊がフェードアウトしてくれるなら、朱里は無駄に傷付かなくて済む。
ただ、保険は入れておく事にして、エミリに報告を入れていおいた。
そのあと、中村さんにメッセージを送る。
【朱里が秘書課の小鳥遊という社員から、盗聴器入りのチャームをもらった。脅しておいたから今後目立つ真似はしないだろうが、念のため側で警戒してくれると助かる】
すると、ほどなくしてメッセージに既読がつき、返事が来た。
【了解です。あのクソ女、怪しいと思ったらやっぱりか】
【朱里を傷つけたくないから、盗聴器の事は知らせてない。今後、小鳥遊が寄りつかなくなって朱里が悲しむようだったら、適当に誤魔化してほしい。何でも真実を伝えればいいってもんじゃないから】
【そっすね。朱里は何も知らないほうがいいです】
そのあとメッセージは終わり、俺はスマホを置いて溜め息をついた。
これで小鳥遊の件についてはケリがついたと思っていいが、シルバーウィークになれば朱里の同窓会がある。
「何もないといいけどな……」
俺はそう呟き、除霊されたチャームを手に書斎を出た。
**
コメント
1件
第946話「除霊ソーイング」、尊さんの慎重さと朱里を傷つけないための距離感がすごく印象的でした。チャームの縫い目から見抜く洞察力もそうだけど、お経流しながら縫い直す光景がシュールで笑っちゃった(笑)。でも最後の溜め息で、また新たな不安が…。朱里の無邪気さが逆に胸に刺さる回でした🥀