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深層――
ないこは、再び歩き出していた。さきほどの“記憶の扉”をくぐったことで、彼の中には静かに確かなものが芽生えていた。
――僕は、自分から目をそらしていた。
それでも、もう一度、知りたい。全部を。
冬心は、その背を静かに見守る。
冬心: この先に、累がいる。
彼は今でも、“君の痛み”を受け止めたまま、この深層で眠っているんだ。
ないこ: ……僕が、閉じ込めたままにしてしまったんだね。
冬心(首を振る): 君を守るために、彼は自ら選んでここに残った。
……でも、そろそろ君が彼を迎えに行く時だ。
***
しばらく歩くと、空気が一変した。
無音の森を抜けた先――そこには、白い花で覆われた美しい丘が広がっていた。空も、空気も、色彩さえも、どこか現実よりもやさしい。
その中心に、ひとつの石碑が静かに立っていた。
ないこは、胸の奥で何かが脈打つのを感じながら、ゆっくりと近づく。
ないこ: 累……君は、ここに……
その瞬間、風が吹く。花びらが宙を舞い、石碑の前に黒い影が集まり、形を成す。
やがて現れたのは、やわらかい瞳をした少年――累だった。
累(微笑んで): ……やっと、来てくれたね。
ないこ(震える声で): 累……ごめん……ずっと、君を忘れてた……君の痛みも、言葉も、存在さえも……
累(首を振る): それでも、僕はずっとここで待ってたよ。
“ないこ”が、本当の自分を思い出すその日を。
ないこは、一歩近づき、累の目をまっすぐに見つめる。
ないこ: 僕は……ずっと仮面を被っていた。“誰かに愛されるための僕”を作って、それが本当だと思い込んでた。でも、違ったんだね。
累: うん。
君の“本当の声”は、ずっと君の中で眠ってた。
そして、今ようやく――
(累は、静かに冬心の方へ目をやる)
累: ――僕たちも、君にそれを教える準備ができた。
ないこ(目を見開く): ……え?
冬心(現れ): 君が、僕たちを“誰”だと思ってるかは分からないけど――
そろそろ、思い出すべきだよ。“僕たちの生まれた理由”を。
ないこ: 僕が……作った? 君たちを?
累(頷く): 僕たちは、“記憶”じゃない。
君の中にある“願い”や“痛み”から生まれた、“心の断片”なんだ。
冬心: 本当は……ずっと、君が必要だったんだよ。
壊れてしまわないように。消えてしまわないように。
ないこ: そんな……僕が、君たちを……
累(やさしく): それは、悲しいことじゃない。
むしろ、あの時の君の決断は……誰よりも勇敢だった。
ないこの足元に、“新たな扉”が現れる。
それは最初の扉よりも重厚で、黒と白が入り混じった不思議な模様をしていた。
扉の中央には、淡く光る文字が刻まれていた。
「始まり」
冬心(静かに): 次に開くのは、“君のすべて”の始まり。
“ないこ”が、“ないこ”になる前の物語。
累: 僕と冬心が生まれた、その瞬間の記憶――
君の深層で、ずっと眠ってた“心の核”。
ないこ(目を伏せて、そして見上げて): 僕は……知りたい。
全部、思い出す。君たちのことも、僕自身のことも。
冬心(微笑んで): それが、“再生”の始まりだ。
ないこが扉に手を伸ばす。
その瞬間、世界が淡く揺れ始めた。
***
現実世界――
暗く閉ざされた部屋。割れた鏡の破片の前で、闇ないこが膝をついている。
闇ないこ: ふざけるな……記憶が……勝手に……ッ
あいつが、目を覚ます……ッ!
震える手で頭を抱える。
だが、その瞳の奥に、一瞬だけ“迷い”が生まれる。
闇ないこ: 俺が……消える……?
いや……僕が、本当の“ないこ”だったはずだろう……ッ!
その叫びは、空間に響き、鏡の破片に反響していく。
そしてその中に、扉の前に立つ“ないこ”と、累・冬心の姿が一瞬だけ映り込んだ。
闇ないこ: ……来るな……来るな……来るなああああああ!!!
叫びと共に、深層と現実を隔てる境界が軋みを上げる。
――そして次回、すべての“始まり”が明かされる。
次回:「第十三話:始まりの記憶 ― 累と冬心 ―」へ続く