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「……徹、くん?」
その親しげな呼び方が、静かな廊下に場違いに響いた。
広報部のエースとして有名な、瀬戸香織さん。
彼女は徹さんの腕に手を置いたまま、私の方を見て
「あら、あなたが新しいパートナーの田中さん?」
と完璧な笑顔を向けた。
「……瀬戸さん。会社ではその呼び方はやめてくれって、前にも言ったはずだ」
徹さんの声は、いつになく冷ややかだった。
彼はさりげなく彼女の手を振り解き、私の方へと一歩寄る。
その動きに、私は少しだけ救われた気持ちになった。
「いいじゃない、昔のよしみなんだから。……徹くんとは、大学のサークルから一緒なのよね」
「…そ、そうなんですね…っ」
私は曖昧に頷くことしかできなかった。
「大学からの付き合い」。
私の知らない、徹さんの「高橋徹」としての過去を知っている女性。
心臓がちりちりと焼けるような感覚。
これが、本物の嫉妬なんだと思い知らされる。
打ち合わせが始まっても、香織さんは主導権を握るようにテキパキと意見を出していく。
徹さんとの息も驚くほど合っていて、私はただ議事録を取るのが精一杯だった。
「じゃあ、このプロモーション案は私と徹……じゃなくて、高橋くんで詰めておくから。田中さんは、資料の整理をお願いしていいかしら?」
香織さんの言葉に、私は「はい」と答えるしかなかった。
仕事のパートナーとして認められたいのに
実力差を見せつけられて、自分がただの「おまけ」のように感じてしまう。
会議室を出た後、徹さんは私を呼び止めた。
「……結衣、顔色が悪いよ。瀬戸さんのこと、気にしてる?」
「……いえ、仕事ですから。香織さん、すごく優秀な方ですね」
精一杯の強がり。でも、徹さんは私の手をそっと握った。
人目のない非常階段の踊り場。
「瀬戸とは、ただの腐れ縁だよ。……大学の時、一度だけ告白されたけど断ってる。俺にとっては、仕事の仲間以上の感情は一ミリもないから」
「……え?そ、そうなんですか…?」
「うん、不安にさせてごめん。……でも、信じて。俺が見てるのは、今もこれからも、結衣だけだ」
徹さんの真っ直ぐな言葉に、胸のつかえが少しだけ解けていく。
けれど、そんな私たちの会話を遮るように、非常階段のドアが開いた。
「……あら、こんなところで秘密の会議?」
立っていたのは、皮肉めいた笑みを浮かべた香織さんだった。
「田中さん、仕事とプライベートの区別がつかない子は、徹くんの隣には相応しくないわよ?」
彼女の瞳の奥にある、確かな敵意。
美佐子さんのような剥き出しの執着ではなく
じわじわと外堀を埋めていくような、知的な攻撃だった。
#ワンナイトラブ
おまる