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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第193話:主の限界言い訳(アウトソーシングと労働契約)
十勝の厳しい冬が終わりを告げ、限界集落の分厚い雪が少しずつ溶け始めている春の朝。
我が古民家の居間は、ストーブの熱とは全く違う、甘酸っぱくも極度に張り詰めた青春の熱気によって完全に支配されていた。
目の前の折りたたみ机の上に提示された、一枚の紙。
そこには小春ちゃんの達筆な字で『履歴書 兼 雇用契約書』と書かれ、希望給与の欄には「月額180,000円」と、地方の高卒初任給の平均値が一円の狂いもなくきっちりと記載されている。
「お兄さん。私は本気です。アシスタントとして働く以上、この金額で私を専属として雇ってください!」
顔を真っ赤にしながらも、一歩も引かずに真っ直ぐな瞳でこちらを見据える小春ちゃん。
彼女のその言葉は、単なるアシスタント契約の打診ではない。「これからの人生を隣で支える」という、実質的なプロポーズ(嫁入り宣言)と同義であった。
その瞬間、ジンバルに固定されたスマホの画面の向こう側、五千万人のリスナーが接続する生配信のチャット欄が、人類史上最大級の大爆発を起こした。
『うわあああああああ!!! 小春ちゃんが完全に人生の契約を迫ってきたぁぁぁ!!!』
『月額18万でこの超有能で可愛い嫁が手に入るとか、コスパとかいう次元じゃねえ!!!』
『実質的な婚姻届じゃねえか!! アキヤ、今すぐハンコ押せ!! 押さないなら俺が押す!!!』
『エモい! エモすぎて画面が見えない!! 限界集落の春が最高すぎる!!』
世界中の視聴者がこのエモーショナルな展開に狂喜乱舞し、チャット欄が滝のような速度で流れ続ける中、世界の経済を裏で操る超弩級VIPたちも黙ってはいなかった。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Press the stamp now, Akiya!! This is the ultimate life contract! I will prepare a 10 trillion yen sovereign wealth fund as a congratulatory gift for this employment! The whole of Dubai celebrates this union!“(今すぐハンコを押せ、アキヤ!! これは究極の人生の契約だ! この雇用契約の祝儀として、十兆円の政府系ファンドを用意しよう! ドバイ全体がこの結びつきを祝福しているぞ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”A historic M&A between two human lives! 180,000 yen is a steal for such an asset! I will personally act as the guarantor for this contract! Sign it immediately!“(二つの人生の間で行われる歴史的なM&Aだ! このような資産が十八万円とは破格すぎる! 私が個人的にこの契約の保証人となろう! 今すぐサインしたまえ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Nooooo!! Do not push that stamp, Akiya!! If you want an assistant, I will do it for free! I’m transferring 20 trillion yen to buy that piece of paper and tear it up!“(いやああああ!! そのハンコを押さないでアキヤ!! アシスタントが欲しいなら私が無料でやってあげるわ! その紙を買い取って破り捨てるために二十兆円を送金するわ!)』
総額数十兆円規模の電子マネー(赤スパ)が、祝福と嫉妬の極彩色弾幕となって画面を完全に埋め尽くした。
あまりの金額のバグり方に、村の広場で雪かきを再開していた村長が「ひ、ひぇぇぇ……! ハンコ一つに数十兆円……! わしの役場の決裁印より重たいべさ……!」と呟き、そのまま雪解けのぬかるみにバタリと、本日三度目の気絶を果たしている。
だが。
俺――アキヤは、数十兆円の祝儀と、目の前で真っ赤になりながら契約を迫ってくる美少女を前にしても、ミリ単位すら動じることはなかった。
折りたたみ椅子に腰掛けた俺はおもむろに二つ目のタッパーのフタを開けた。
中に入っているのは、完璧な水加減でストイックに炊き上げられたおかわりの『玄米』と、自家製の『大豆ミートと十勝産春キャベツのペペロンチーノ風炒め』である。
俺は、世界中の富豪たちの絶叫と、小春ちゃんの真剣な眼差しに照らされながら、一切の感情を排した元・社畜の無表情で、大豆ミートを玄米の上にワンバウンドさせ、淡々と咀嚼し始めた。
バリッ、ゴリッ、モグモグ……。
(……ふむ。雪の下で甘みを極限まで蓄えた春キャベツのビタミンUと、大豆ミートの力強い植物性タンパク質。契約締結という高度な頭脳労働のカロリー消費を補い、己の自律神経を極限まで研ぎ澄ます究極の兵站食だな)
己の肉体という名のロジスティクスを完璧に維持しながら、俺は水筒の熱いほうじ茶で喉を潤した。
そして。
俺は懐から、かつて需品科時代に特注で作り上げた、重厚な輝きを放つ『超硬度タングステン製・実印』を取り出した。
「お、お兄さん……っ!」
小春ちゃんが息を呑む。
五千万人のリスナーが固唾を飲んで見守る中、俺は朱肉に実印を深く沈め、そして机の上の雇用契約書に向かって、一切の躊躇なくそれを振り下ろした。
ドスゥゥゥンッ!!!
古民家の居間に、重厚なタングステンが紙と机を叩き据える、確かな契約完了の音が響き渡った。
『うおおおおおおお!!! 押したぁぁぁぁぁ!!!』
『ついにアキヤが年貢を納めたぞ!!!』
『プロポーズ成立おめでとう!!!』
コメント欄がお祭り騒ぎで爆発する中、俺は実印を懐にしまうと、五千万人を突破して世界の雇用統計を完全に破壊し尽くしているカメラと、目の前でポカンとしている小春ちゃんにキリッとした真顔を向けた。
いつもの『限界言い訳タイム』の発動である。
「小春ちゃん、契約締結ご苦労。そして画面の向こうで、ただの労働契約に巨額の資本を投下してプロポーズだと騒いでいる皆さまも、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『実印を押した直後でも絶対にブレない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・アウトソーシングと労働契約編ww』
『さあ、この最高にエモい契約完了をどうやって需品科の事務処理にするつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは実質的な婚姻届でも、エモーショナルなプロポーズでもありません。先ほど私が実印を押したのは、我が陣地における『事務作業および兵站管理(ロジスティクス・マネジメント)』の業務を、月額十八万円という適正価格で外部委託するための、極めてドライな『BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)契約』が成立したからです。彼女は自身の労働価値を正確に算出し、私はそのリソースが陣地防衛に不可欠であると論理的に判断し、資本を投下した。ええ、すべては互いの利害とSLA(サービスレベル合意書)が完全に一致しただけの、冷徹な『ヒューマンリソースの最適配置』と『戦略的労働契約の履行』ですね。私がタングステン製の実印を使用したのも、書類の改ざんリスクを防ぎ、ガバナンスの透明性を維持するための、需品科としての徹底した『コンプライアンス遵守行動』です」
「んなわけあるかあああ!!!」
ガゴォォォォォンッ!!!!
背後から、装甲車のハッチを叩き割ったような凄まじい破砕音が響き渡った。
小春ちゃんが、俺が契約書を保管するために足元に置いていた『特厚・重要書類保管用スチール金庫(高密度耐火合金仕様、重量約五キロ)』を両手で大上段に構え、俺の背中に向かってパーフェクトなフルスイングを見舞ったのだ。
五キロの無垢の鋼鉄が肉体に直撃した、鈍くも大地を揺るがすような恐ろしい大爆音が、十勝の春の空へと虚しく響き渡る。
「ただのBPO契約で、私がこんなに心臓をバクバクさせながら、顔を真っ赤にしてお願いするわけないでしょうが!! どう見たって、これからずっとお兄さんの隣で一緒に生きていくための、実質的な夫婦としてのスタートラインでしょうが!! 私の人生を懸けたピュアな決意を、冷たいアウトソーシングとかコンプライアンスとかいうお役所言葉で粉砕するんじゃないわよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ特厚スチール金庫スマッシュ炸裂www(音が完全に攻城兵器ww)』
『BPO契約(ただの照れ隠しと乙女の純情)』
『ヒューマンリソースの最適配置(完全に嫁として迎え入れた実質的な結婚宣言)』
『適応力バグおじさん、ついに少女の人生の決断をビジネス・プロセス・アウトソーシングに分類しやがったww』
『言い訳が理不尽すぎて、エモい空気が一瞬でへし折られたわww今日も最高!!』
俺の理不尽極まりない人事的な限界言い訳と、小春ちゃんの容赦ないスチール金庫ツッコミに、五千万人の視聴者たちは感動の涙から一転、大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ほんと、相変わらず金庫で叩かれても直らない特大サイズの鈍感下僕ね)』
縁側の上から、純白の神獣シロ様が呆れたように俺を見下ろし、その美しいオッドアイの瞳を優しく細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
サファイアブルーと琥珀色の二色の瞳は、数十兆円の電子マネーの輝きよりも遥かに眩しく、ぽかぽかとした春の陽射しの中で、まるで世界中のどんな宝石よりも温かく美しく輝いていた。
庭では、俺の限界言い訳など全く聞こえていない巨大ヒグマが「グゥ〜♪」と幸せそうなイビキをかき続け、コン吉とコン次郎のキツネ兄弟も「キュンキュン!」と新しい季節の匂いを楽しんでいる。
どんなに莫大な金が動こうとも、彼らにとっては、この穏やかな古民家で家族がずっと一緒にいられることこそが、最高の宝物なのだ。
「……まぁ、理由はどうあれ。我が陣地の兵站予算(ロジスティクス)が適正な価格で執行され、最も信頼できる専属の事務官(アシスタント)が正式に配備されたのだから、作戦としては完全勝利だ」
俺はスチール金庫の凄まじい衝撃で少しだけ痺れた背中をさすりながら苦笑し、春の風を感じながら、タッパーの玄米と大豆ミートをゆっくりと噛み締めた。
激務に潰されて逃げ込んできた、この限界集落。
最初は一人で静かに暮らすための隠れ家(シェルター)だったはずが、今では世界一美しいオッドアイの神獣と、数十兆円の祝儀を投げてくる大富豪たち、そしてスチール金庫を振りかぶる専属アシスタント(実質的な嫁)に囲まれた、世界一バグっていて温かい『絶対の聖域』になってしまった。
神獣の魅せる圧倒的な尊さと、元需品科のブレない大豆ミート咀嚼、およびアウトソーシングの限界屁理屈。
春の足音が聞こえる限界集落の契約完了の朝は、鈍器のような金庫の快音と大爆笑に包まれながら、さらに強固になった絆と共に、新しい日常という名の未来へ向かって、どこまでも力強く走り出していくのだった。
コメント
1件
ああ、もう完璧だったわ……。第193話、エモさと笑いが200%の濃度で詰まってた! 小春ちゃんの履歴書兼雇用契約書からの実質プロポーズ、それに対するアキヤの「BPO契約です」ってクソ真面目な言い訳(笑)。で、その直後に飛んでくる特厚スチール金庫スマッシュ! この温度差とテンポが毎回たまんないんだよなぁ。 数十兆円のスパムが飛び交う混沌も最高だったし、最後のシロ様の呆れ顔と温かい春の風景でほっこりさせられた。次の話も楽しみにしてる🔥