テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
しらすのお部屋
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ーー現実
薄く、まぶたが震える。
白い天井。
鼻先にかすかに消毒液の匂い。
永夢はゆっくりと目を開けた。
「…ん……」
体が妙に重い。
少し視線を動かすと、点滴のチューブが腕に繋がっているのが見えた。
そして――
「……小児科医」
低い声。
ベッドの横に立っていたのは飛彩だった。
腕を組んでいるが、表情はいつもより明らかに硬い。
その後ろで、椅子に座っていた貴利矢が勢いよく身を乗り出す。
「お、やっと起きたか――」
一瞬、目を細める。
「……いや待て」
永夢の顔をじっと見る。
「今度はちゃんとエムか?」
飛彩の視線も鋭くなる。
「答えろ」
短く言う。
「……お前は誰だ」
永夢はゆっくり瞬きをした。
「……え?」
少しかすれた声。
その反応を見て、貴利矢が小さく息を吐く。
「……あー、これは本物っぽいな」
飛彩もわずかに表情を緩める。
永夢はぼんやりと二人を見る。
「……あれ……?」
視線を落とす。
自分が着ているのは患者用の病衣。
白衣も、いつも使ってるスコープもない。
「……なんで……」
そこまで言いかけて――
記憶が少しずつ戻る。
白血病。
倒れたこと。
そして――
暗い空間。
パラド。
胸の奥がわずかに揺れる。
飛彩は静かに言った。
「お前が倒れたあと、しばらくパラドが表に出ていた」
「……!」
永夢の目が少し見開く。
飛彩は続けた。
「精神的ショックから守るためだ」
貴利矢が肩をすくめる。
「ま、あいつなりの気遣いってやつだな」
永夢はぼんやりと天井を見つめる。
そして小さく呟いた。
「……そっか」
視線を伏せる。
「パラドが……僕を……」
貴利矢が少しだけ優しい声で言う。
「ま、しばらく安静な」
「今回はマジでシャレになってなかったから」
飛彩は、静かに言った。
「……今は休め」
永夢は小さく頷いたが、すぐには目を閉じなかった。
白い天井を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「……患者さんは……?」
貴利矢が思わず吹き出す。
「はーい出ましたよ、仕事人間」
飛彩はため息をついた。
「お前は今、患者だ」
「……」
永夢の視線がわずかに揺れる。
「でも……」
「永夢」
名前を呼ばれて、言葉が止まる。
飛彩は腕を組んだまま、まっすぐ永夢を見ていた。
「お前が倒れても、病院は止まらない」
静かな声だった。
「CRも回る。患者も診る」
一拍置いて、続ける。
「だから今は、自分の心配をしろ」
永夢は少しだけ目を見開いた。
その横で、貴利矢が軽く笑う。
「そーそー。俺ら優秀だからさ」
「エムが一人いなくても、なんとかなるって」
「……監察医」
「はいすいません」
永夢は小さく息を吐いた。
少しだけ、体の力が抜けたようだった。
モニターの音が、静かに続いている。
さっきまで胸の奥にあった重い影は、ほんの少しだけ薄くなっていた。
そのとき――
飛彩がカルテを閉じる。
「……小児科医」
永夢が顔を向ける。
飛彩は腕を組んだまま言った。
「そろそろ、治療の話をする」
永夢の表情が少しだけ引き締まる。
「……はい」
飛彩は淡々と続けた。
「お前の病気だが」
「一つではない」
永夢の眉がわずかに寄る。
「……え?」
飛彩はカルテに目を落としたまま言う。
「白血病」
一拍。
「それに加えて――」
「ゲーム病にも感染している」
永夢の目が少し見開く。
「……ゲーム病」
貴利矢が軽く肩をすくめる。
「ま、簡単に言うとさ」
「白血病とゲーム病、両方ってこと」
永夢はしばらく言葉を失う。
「……両方」
飛彩は静かに続けた。
「お前が刺された、あの針」
永夢の視線がわずかに動く。
「……」
「あの時、体内に何かを注入されただろう」
永夢は小さく頷く。
「……はい」
飛彩は低く言った。
「おそらく、それが原因だ」
貴利矢が眉をひそめる。
「つまり……」
飛彩はカルテを閉じる。
「白血病とゲーム病」
「その両方を引き起こす何かが、体内に入った可能性が高い」
部屋が少し静かになる。
永夢はゆっくりと言葉を飲み込む。
「……そうですか」
そして、視線を落とした。
だがすぐに、顔を上げた。
「……治療は」
飛彩はカルテを閉じた。
「治療方針だが」
永夢が顔を上げる。
「まずは白血病の治療を優先する」
「化学療法を行う」
貴利矢が腕を組む。
「ゲーム病は?」
飛彩は短く答える。
「現時点では、白血病の進行を止めることが最優先だ」
一瞬、言葉を区切る。
「……それに」
飛彩は視線をカルテに落とした。
「お前の白血病は、進行が早い」
永夢の眉がわずかに動く。
「……早い?」
飛彩は淡々と続ける。
「通常の症例よりも増殖速度が高い」
「このまま放置すれば、急速に悪化する可能性がある」
貴利矢が小さく息を吐く。
「おいおい……」
「厄介だな…」
飛彩は静かに言った。
「だから、明日から化学療法を開始する」
部屋が少し静かになる。
永夢はゆっくり息を吐いた。
そして、小さく頷く。
「……分かりました」
飛彩は続けた。
「それと」
永夢が顔を上げる。
「お前に何かを注入したバグスター」
「レウコイドの行方については」
一瞬、言葉を切る。
「開業医に任せてある」
永夢の目が少し見開く。
「……大我さんが?」
貴利矢がにやっと笑う。
「へぇ」
「珍しいねぇ、あの人が動くなんて」
飛彩は腕を組んだまま言った。
「奴も今回の件には興味があるらしい」
「レウコイドの足取りは追っている」
永夢は小さく息を吐いた。
「……そうですか」
病室。
夜。
明かりは落とされ、ベッド横の小さなライトだけがついている。
永夢はベッドの上で、静かに天井を見つめていた。
腕には点滴。
まだ治療は始まっていないが、検査や処置で体は少しだるい。
白い天井。
モニターの電子音。
規則正しいリズム。
永夢はゆっくり息を吐いた。
「……白血病と、ゲーム病か」
小さく呟く。
自分で言ってみても、まだどこか現実味がない。
今まで何度も患者に説明してきた言葉。
その病名が、今は自分のものだった。
永夢は苦笑する。
「患者さんって……」
少しだけ目を閉じる。
「こんな気持ちだったんですね」
胸の上に手を置く。
鼓動。
少し早い。
不安なのか、緊張なのか。
自分でもよく分からない。
「……大丈夫」
小さく呟く。
「飛彩さんもいるし」
「貴利矢さんもいる」
そして、少しだけ笑った。
「大我さんまで動いてくれてるんだし」
そのとき――
胸の奥が、わずかにざわついた。
永夢の眉が少し寄る。
「……?」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
胸の奥で、何かが脈打った気がした。
ドクン。
モニターの波形が、ほんのわずかに跳ねる。
永夢は自分の胸を見下ろす。
「……気のせい、か」
小さく息を吐く。
そして、ゆっくりベッドに体を沈めた。
ライトを消す。
暗くなった病室。
静かな電子音だけが続く。