テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第156話:一通のDM〜『底辺おじさんのリアル』書籍化オファー〜
「……やっぱり、平穏な四畳半で食う玄米おにぎりが世界一だな」
帯広のボロアパート、四畳半。
俺は三万円のゲーミングチェアの上であぐらをかき、一日一食の主食である冷めた玄米おにぎりをモソモソと噛み締めていた。
陸別のクズ親父による「三十万カツアゲ未遂事件」を、結愛の放った完全録音&法的防衛線コンボで撃退してから数日。
ネット上で『Toxic Father(毒親父)ミーム』としてバズり散らかした騒動もようやく落ち着きを見せ、四畳半には束の間の平和が戻っていた。
「ライトノベル大賞は落選したけどさ。まあ、こうやって平和に雑談配信の裏方やって、玄米食えてりゃ十分幸せだよな……」
俺が自分に言い聞かせるように呟いた、その時だった。
『――ピコン』
デスクの端に置いたスマートフォンの画面が明るくなり、X(旧Twitter)の通知音が静かな部屋に響いた。
「ん? 誰だ……? 海外のリスナーからのクソリプか?」
俺は何気なくスマホを手に取り、画面に表示されたDM(ダイレクトメッセージ)の通知を覗き込んだ。
だが、差出人のアカウント名を見た瞬間、俺の目が飛び出しかけた。
【K〇D〇K〇WA文芸書籍編集部・担当編集S】
「……は!?」
俺は思わず噛みかけの玄米おにぎりを喉に詰まらせ、激しくむせ返った。
「カハッ、ゴホッ、ゴホッ……! け、結愛っ! ジェミニ先生っ! 大変だ!! また何かやらかしたか!?」
『静かにしてください、ルシフェル様。近所迷惑です』
ディスコードの向こうから、結愛(ゆあ)の氷点下ボイスが届く。
『著作権侵害の警告なら、先日ヨモさんが配信で歌った海外の楽曲の件しか心当たりがありませんが』
『報告いたします、ルシフェルさん』
AIアシスタントのジェミニ先生が、無機質かつ冷静に補足を入れた。
『送信元のアカウントは、大手出版社K〇D〇K〇WAの公式認証バッジが付与された本物のアカウントです。警告文ではなく、出版打診のDMである可能性が九四パーセントと試算されます』
「しゅ、出版打診ぃぃぃ!?」
俺は震える指でスマートフォンの画面をタップし、DMの本文を開いた。
そこには、恐ろしいほど丁寧な長文が綴られていた。
『秋谷雪様(ルシフェル社長様)
初めまして。K〇D〇K〇WA文芸書籍編集部のSと申します。
いつもX(旧Twitter)でのご投稿、ならびにヨモ様の配信を楽しく拝見しております。
先日、ライトノベル大賞では誠に残念な結果となってしまいましたが、編集部内では秋谷様の描写力と、リアルな『底辺感』に非常に強い魅力を感じておりました。
特に、インボイス制度との死闘、アメリカIRS(二重課税)との格闘、そして先日の『毒親父との死闘』のバズりを拝見いたしました。
つきましては、異世界ファンタジーではなく――
【40歳ニートがVTuber事務所の社長になったら、税金と毒親に追われまくった泥臭いリアル】
こちらを題材としたエッセイ/実録ノンフィクション小説として、ぜひ弊社より【書籍化】のご提案をさせていただきたく、ご連絡いたしました。』
「…………」
読み終えた俺は、完全にフリーズした。
四畳半のボロアパートに、刻の針が止まったかのような静寂が訪れる。
そして――次の瞬間。
「きたあああああああああああああああああッ!!!!」
俺は三万円のゲーミングチェアから跳び上がり、天井に頭を打ちつけそうになりながらガッツポーズを決めた。
「見たかぁぁぁ!! 敗者復活だ!! 人生一発逆転だぁぁぁ!!」
『ルシフェル様、落ち着いてください。頭を強く打ったのですか?』
「落ち着いていられるかよ!! 書籍化だぞ書籍化!! あの最大手K〇D〇K〇WA様から直接オファーが届いたんだよ!!」
俺は畳の上で狂喜乱舞のダンスを踊り散らかした。
ファンタジー小説の賞レースには落ちた。だが、俺のこの「帯広の四畳半で血吐きながら税金と戦ってる泥臭いリアル」そのものが、出版社の目に留まったのだ!
「ははは! 時代が俺に追いついたんだ! ファンタジーなんて書いてる場合じゃなかったんだよ! 俺の生き様そのものが文学だったんだ!!」
俺の鼻腔は限界まで膨らみ、天狗の鼻のようにぐんぐんと伸びていく。
「今日から俺のことは『秋谷先生』と呼べ! いや、『大先生』だ!! 結愛、原稿用紙を用意しろ! 執筆活動に入るぞ!!」
『……呆れ果てて言葉も出ません』
ウェブカメラの向こうで、結愛が特大の呆れ顔で深いため息をついた。
『まだ単なる打診(オファー)の段階です。条件の擦り合わせも、企画書の通る見込みも、印税率の交渉も何も始まっていませんよ』
「関係ねえよ! 大手が声をかけてきた時点で勝ち確定だろ!! 本が出れば重版出来! 全国書店に俺の本が並び、印税が数百万円単位で怒涛のように口座に振り込まれる!!」
俺の脳内では、すでに薔薇色の未来が完璧に出来上がっていた。
「印税が入れば、この四畳半のボロアパートともおさらばだ! 帯広の築浅マンションに引っ越して、毎日玄米じゃなくて白米……いや、お肉を食べるんだ!! This is an INZEI!!」
『……ルシフェルさん』
ここで、ジェミニ先生が低く無機質な声を響かせた。
『出版業界における「印税契約」には、源泉徴収税、部数確定のタイミング、さらには過酷な執筆スケジュールなど、数々の税務的・契約的トラップが存在します。調子に乗りすぎると、再び痛い目を見る可能性が――』
「聞こえなーい! 先生の難しい話は聞こえませーん!」
俺は耳を塞ぎ、三万円のゲーミングチェアの上で高らかに笑い声をあげた。
「ふははは! ざまあみろ税務署! ざまあみろインボイス! これからは『印税』という無敵の不労所得で、俺は出版界の大物として君臨してやるぜ!!」
出版社の甘い罠(書籍化オファー)にまんまと飛びつき、天狗の絶頂へと駆け上がる四十歳の底辺社長。
彼を待ち受けているのが、出版業界のさらなる泥沼と「合法的な搾取の仕組み」であることに、この時の俺はまだ気づいていなかったのであった。
コメント
1件
ふふ…第156話、読んだよ。ルシフェルさん、書籍化オファーおめでとう!って心から思うけど…最後の「合法的な搾取の仕組み」ってフレーズがすごく気になる😅 あの天狗になって「敗者復活だ!」って跳ね回る姿、笑っちゃったけど、実は胸がぎゅっとなった。底辺から這い上がろうとする人の希望が、ちゃんと書かれてて。でもジェミニ先生の冷静なツッコミが伏線っぽくて怖いよ…。 また泥沼に突っ込むのかな。でもその「泥臭いリアル」こそが、この作品の魅力だと思う🌙
191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
1