テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「これが私の復讐よ」
そう告げて、私は自ら命を絶った。精々あの人が苦しめば良いと、私にできる最後の抵抗。次生まれ変わるなら、平凡で、平和な世界で幸せに生きたい。
それだけでいい。そう心から思っていたのに──。
ブリジット・クレパルティの人生を一言でまとめるなら、悲劇だと言えるだろう。
クレパルティ王国は、広大な土地と海のある作物や資源などに恵まれた国だった。広大なラベンダー畑では、毎年香りの寄りポプリやドライフラワー、アロマキャンドル、ハーブティーなどにも用意されている。
その日は視察として、クレパルティ大国第三王女であるブリジット──私は護衛騎士を連れてラベンダー畑を見て回っていた。
「あ」
青い空のラベンダー畑で、あの方と目が合った気がした。天上の神々のような人ならざる上位種族。さらさらの白銀の長い髪に、黒い羊のような角、モフモフの白銀の尾は五つ。
人ならざる存在感とオーラに目が釘付けとなる。
(真昼の下に、神様が降り立ったみたいだわ)
一瞬だったけれど、きっと生涯忘れられない美しい光景だったと、その時は思ったのだ。
その日の夜、私は次期天狐族の王であり《高魔力保持者》のヴィクトル・ラクーナル様に求婚されるとは思いもよらなかった。真昼の下で目があった神様のような方。
「君は私がずっと探していた片翼だ」
「私が?」
「ああ、君だ。間違いない。……姫、君を愛している、一緒に来てくれないだろうか」
そう言ってくださって、私は浮かれていたのだ。夢物語のような出会いと、一目惚れだって言って照れた顔に、自分までも顔が赤くなった。
「とても可愛らしい。……一生、大事にする」
「傍に居てほしい」
「どうか手を取ってくれないか?」
彼の《比翼連理の片翼》が、私だと教えてくれた。天上の神々の祝福によって選ばれた特別な伴侶だと言う。
幸せになると、そう思っていた。
でも──。
少し不安だったのは侍女を付けず、一人で輿入れすること。それと古い文献に『上位種族の高魔力保持者との婚姻は、生贄を意味する』と不吉な文献があったことだ。花嫁という言葉も口当たりの良い言葉で、攫う方便だとも書かれていた。
不安を振り払い、そんなことはないと心の中で呟く。
(あの方の言葉は、どこまでも真っ直ぐで、紳士的だったもの)
そう彼を、ヴィクトル様を信じた。
信じていたのに、その願いはあっさりと打ち砕かれた。
***
《比翼連理の片翼》と大層な称号と共に四大種族の一角、天狐族の高魔力保持者の伴侶を得た。しかしてその実態は名ばかりの生贄そのものだった。
天狐族の高魔力保持者はその魔力の高さゆえに、短命だった。唯一延命できる方法が《比翼連理の片翼》で選ばれた人族を伴侶とすること。人族と契りを結んで、魔力を伴侶に放出することで、体内に蓄積された魔力の塊を発散させることができるという。つまり伴侶とは延命装置で、道具でしかないのだと気づいた時には、全てを奪われていた。
「ヴィクトル様……」
「愛しています」
「愛しい人」
「できるのなら、もっと傍にいたい」
「私の片翼……」
甘い言葉も、睦言も「真に受けるな」という教育を受ける。《比翼連理の片翼》を人族が担うことは名誉なことで、衣食住に困ることもない生贄としては贅沢だと。何度も何度も言い聞かされていた。
『睦言は全てまやかしで、生理現象のようなもの。ただ魔力を肩代わりするだけの存在』と、日中はそれらの文字を何千字も書き記すように言われた。
「私は……伴侶でもなく……生贄……っ」
体が麻痺する薬と避妊薬を食事に少しずつ混ぜていたのに気づいたのは、薬学の知識はあったから。そのことを尋ねれば『万が一人族との子どもができたら困るから』と言われて心に鉛のような刃が突き刺さる。
子をなす務めさえ妻として認められない。
慣れない環境。
冷遇され続ける日々。
味方もいない、心を許せる人も安心できる場所もない。
#悪役令嬢
#ドアマットヒロイン
悪意と敵意に晒された鳥籠。
異種族の作法や文化の違いに気付く余裕も、身につける暇もなかった。
社交界にすら一度も出たことがなく、国民へのお披露目もない。
息が詰まる。
(外に出たい……。ラベンダー畑を歩きたい……。城の中にいたら頭がおかしくなりそう……)
地獄だった。
ヴィクトル様とは昼間は政務で会えず、食事も別々。唯一お香で噎せ返る夜だけ、魔力を外に出すために私の体を使う。
魔力のはけ口。ただの道具。会話だって殆どなくて、「愛している」と囁く言葉も単語でしかない。
(助けて……ここから……出たい。帰りたい……そう言ったら、ヴィクトル様はなんて言葉を返すのかしら? 伴侶って……なんだったの?)
惨めだった。
それでも心が壊れなかったのは、王女として国のために嫁いだという自負と、誇りがあったからだ。自分の存在が国のためになるのなら──。その矜持だけが支えだった。でもそれすら彼らは踏み躙り、壊した。
「え……っ」
私の心がポッキリと折れたのは、祖国が火に包まれて滅びる瞬間を見た時だった。
(どうして……。天狐族が守護するって……なのに、どうして祖国が燃えているの?)
赤々と燃える炎を見て、もう無理だと、つなぎ止めていた意図がプツリと途切れた。
「あ……ああぁァアアアア!!」
私を支えるものがなくなった瞬間、私の中に残っていたのは形容しがたい怒りだけだ。
高魔力保持者の伴侶、《比翼連理の片翼》は神々が選んだ唯一無二だという。私が道具だったとしても、私の代わりはいない。だからどんなに私を殺したくても、毒で少し弱めるだけで、精神的な嫌がらせはあっても、肉体的暴力はなかった。
「……それが……答えなのなら……私は……」
お前たちに復讐してやる。
飼殺しにされるぐらいなら、祖国と共に果てよう。私の守りたかったものを全て奪い去った世界に、残酷な高位種族に一矢報いるためなら、最大限の滅びを!!
最初で最後の復讐。
身投げ。
非力な人族の最期の抵抗。もう関わりたくない。そう心底から願い、私を追い詰めた一人、義弟の前で飛び降りた。
そこで私の人生は終わった。
あっけなく。
あっさりと。
しかし「失敗した」と後々転生して思う。
復讐をしたつもりでいたが、その後の顛末を知る前に死んだことだ。
彼らの一族がどのようにめちゃくちゃになったのか。報復できたのか、この目で見ることができなかった。
そんな未練があったせいで、私は前世の記憶を引き継いだまま転生してしまった。
悲しいことに。
(反省点は自分自身を復讐の道具にしたことだ。あの時は最善だったかもしれないが、もっとやり方があった気がしなくもない)
クレパルティ大国では、前世の記憶持ちや転生はよくあることだった。特に前世において悔いを残した場合、あるいは未練があると記憶が残るという。
中途半端に人生の幕を下ろした罰なのだろう。あるいは今度こそ復讐を完遂しろと言うことだろうか。
(まあ転生先が異世界だったから、復讐なんて無理ね。今世は平凡で、平和な別世界に転生したのだから良しとしよう)
齢10歳で悟った私こと春夏秋冬 雫は生涯独身を決意した。
しかし19歳のある日、その決意が覆ることになる。
***
19歳になっても、時折あの悪夢を見る。忘れるなと言わんばかりに前世の記憶が鮮明に蘇るのだ。
(二度寝しようかな……)
「雫、大学に遅れるわよ! いい加減起きなさい!」
「……はぁい」
目覚ましと一緒に、母の声が聞こえた。
(はぁ、最悪。せめて復讐を完遂する夢にしてほしいわ)
ざまあ展開を望むも、夢は映画のワンシーンのように同じ最後を繰り返す。うんざりするほど。
(前世の記憶って、成長と共に薄れるものだと思っていたんだけれどな。忘れていたほうが幸せだった……。ううん、ここは前世の世界じゃない。前世の後悔を今世ではしないように生きていけば、この記憶も忘れていくはずよ!)
転生した世界は他種族が存在せず、衣食住が充実した日本と言う国だった。悪夢は見るものの、幼い頃に恋愛や結婚はしないという決意を固めることができたのは、僥倖と言えるだろう。
幸いなことに、この世界では特に「絶対結婚」という風潮も薄く、女性が働きやすい社会で資格があれば生活も安定する。つまり生涯独身でも生きていけるのだ。
(それにこの世界って、美味しいご飯、安価に手に入るスイーツの数々! 控えめに言って最高だわ!)
この世界に四大種族も、他の種族も存在しない。あの彫刻のように美しい顔も、白銀の髪を視界に入れることもない。大学三年になれば、念願の一人暮らしを始められる。貯金も結構な額があるので、ホクホクだ。
(悪夢を消し去るためにも、今日は大学の帰りにクレープの買い食いをしよう! そうしよう!)
気持ちを切り替えて楽しいことを考える。着替えに朝食を食べて、さくさくっと大学に向かう。
「雫、気をつけて行くのよ」
「わかっている! 行ってきます!」
意気揚々と家を出た。
いつもの通学路を歩き、横断歩道を歩いた瞬間、足場が輝き──気づけば見知らぬ空間に、転移していた。
「……は?」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!