テラーノベル
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朝。
カーテンのすき間から入る光が、思ったより明るかった。
らんは布団の中で目を開ける。
一瞬、「どこだっけ」となるけど、すぐに分かる。
(あ、ここ…)
静かな家。
物が落ちる音も、怒鳴り声もない。
代わりに聞こえるのは、キッチンからの生活音。
コップが当たる音。
コンロの火の音。
誰かが“普通に朝を作ってる音”。
そのことに、少しだけ胸があたたかくなる。
リビングに行くと、いるまがフライパンの前に立っていた。
「起きたか」
「うん…」
らんはまだ少し眠そうな顔で椅子に座る。
テーブルにはトーストと、スクランブルエッグ。
あと、インスタントだけど味噌汁。
「朝からちゃんとしてる」
「昨日コンビニだったからな」
らんは小さく笑う。
「えらいね、兄」
「やめろ」
即答。
でも、否定の声は弱い。
朝ごはんを食べながら、しばらく無言の時間が続く。
重い沈黙じゃない。
ただの“食事の時間”の静けさ。
らんが味噌汁を飲んで、ぽつりと言う。
「…外、晴れてる?」
いるまは窓の方を見る。
「晴れ。雲ほぼ無し」
「そっか」
それだけで会話は止まる。
でも、その一言に“意味”があるのは分かっていた。
食器を片付けたあと。
らんは玄関の近くで立ち止まる。
靴箱の上に手を置いて、動かない。
ドアの向こうは、外。
人の声。
知らない視線。
心臓の音が、少し大きくなる。
いるまは、少し離れたところから見ていた。
急かさない。
声もかけない。
らんが自分で息を整えるのを待ってる。
「……ちょっとだけ」
らんが言う。
「家の前までなら、行けるかも」
「分かった」
短い返事。
外の空気は冷たくて、少し乾いていた。
冬の終わりの匂い。
らんは玄関を出て、家の前の道路を見る。
人はまだ少ない時間。
車が一台、通り過ぎる。
その音に肩がびくっとするけど、逃げない。
いるまは隣に立ってる。
触れない距離。
でも、すぐ手が届く位置。
「……外って、音多いね」
らんが苦笑する。
「家が静かすぎるだけだ」
「前は平気だったのにな」
「今は今だろ」
否定も、励ましすぎもしない。
ただ、事実だけ。
それがらんにはちょうどよかった。
少しして。
らんが空を見上げる。
青くて、広い。
「さ」
「ん?」
「もしさ、学校戻るとしたら」
いるまは黙って聞く。
「最初は、保健室登校とかでもいいのかな」
その言葉は、勇気のかたまりみたいだった。
「いいだろ」
すぐに返事が来る。
「全部いきなりは無理だ」
「……だよね」
「途中で帰ってもいいし、無理ならやめりゃいい」
らんは少し目を丸くする。
「そんなゆるいの?」
「折れるよりマシだ」
あっさり。
「続ける方が勝ちだろ」
その言葉に、らんの胸がじんわりあたたかくなる。
風が吹く。
らんの前髪が揺れる。
「……もうちょっと、外いてみる」
「おう」
二人は家の前の小さな道を、ゆっくり歩く。
たった数メートル。
でも、今のらんには長い距離。
途中で足が止まる。
呼吸が少し浅くなる。
その時。
「いるま」
「いる」
即答。
その一言で、らんはまた一歩進める。
家の前に戻ったとき。
らんは少し疲れた顔をしてたけど、目は前より明るかった。
「できた…」
「見てた」
「えらい?」
「まあな」
らんが笑う。
小さく。でも本物の笑顔。
玄関に入ると、空気が少しやわらかく感じる。
さっきまで“安全地帯”だった家が、
今は“戻って来られる場所”に変わっていた。
らんは思う。
(外に出ても、ここに帰ってこれる)
それが分かっただけで、世界の怖さが少し薄れた。
いるまは靴を脱ぎながら、ふと思う。
(守るって、囲うことじゃねえんだな)
外に出るのを止めることじゃない。
戻れる場所を残すこと。
その答えに、少しだけ近づいた気がした。
「次は、角のコンビニくらいまで挑戦する?」
らんが言う。
「今日はもう休め」
「はい」
素直。
そのやり取りが、なんだか“普通の兄弟”みたいで。
二人とも、少しだけ照れた。
コメント
5件
いいねぇいいねぇいいねぇいいねぇいいねぇいいねぇ...♡ 永遠に読んでられる事件だわ...
ん~だいすきです((おいいつもすきすきいいすぎだよあほ