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この男が・・・百合の夫・・・
伊藤定正は、まず姿で鈴子の視界を圧倒した、彼は座っていても体格が良い男性だった、肩幅はスーツの仕立てを試すかのように広く、がっしりとした体躯はまるで古木のような力強さを放っていた、濃紺のオーダーメイドスーツは、彼の体に完璧にフィットし、胸元には伊藤ホールディングスのロゴが入った金のタイピンがさりげなく輝いている
しかしその完璧に洗練された外見の中にも、どこか粗野なエネルギーが滲み出ていた
鈴子は一瞬、この男はこのクリスタルタワーの豪華な空間よりも、港の倉庫街や喧騒の市場に似合う男ではないかと思った
そして視線は彼の移り、そこで初めてその特徴的な傷跡に気づいた、右の眉毛の上、額の端に5センチほどの白い傷が斜めに走っていた、傷は今では薄れ、皮膚に馴染んでいるが、定正の鋭い眼光と相まって、逆に彼の存在感を際立たせていた
鈴子は思わず考えた――この男は、どんな修羅場をくぐり抜けて、世界の最先端を行く日本の冷凍食品帝国の頂点に立ったのだろうか、定正の顔は、角張った顎と高い頬骨が特徴的で、まるで彫刻のような厳しさを持っていた、短く刈り込まれた髪は、こめかみに白が混じり、年齢を重ねた貫禄を漂わせている、目は小さく、しかしその奥には鋭い光が宿っていた、まるで相手の心の奥底を見透かすような視線だ
鈴子は、その目に見つめられた瞬間、胸の内で燃えていた復讐の炎が一瞬揺らぐのを感じた
この男は百合を妻に選んだ男だ、そして鈴子が追い求める復讐の鍵を握る存在だ・・・
「専務の話だと、あなたが雑誌を見つけてきてくれたんだってね」
意外にも礼儀正しく、物言いが優しい定正が鈴子に言った
「は・・・はい・・・」
定正の隣に立っている増田が言った
「どうしてそんなに早く見つけられたんだね?」
ゴクリと唾を呑み込んで鈴子は話し出した
「あの・・・駅前の図書館で・・・そこで以前にその雑誌を読んだ記憶がありました」
「フム・・・」
「なるほど・・・それを覚えていたって訳か?」
定正と増田はお互いを見合わせた
「ハイ・・・図書館には過去五年間に渡って、古い雑誌が置いてありますから・・・理由を説明して譲って頂きました」
増田が鈴子に言った
「それではこの雑誌は市の所有物になるじゃないか!一般人にそんな簡単に手に入るものなのか?」
「それが・・・そのぉう~・・・少し会長のお名前をお借りしました・・・神戸を代表する伊藤食品の伊藤会長がこの雑誌を必要とされていると・・・図書館の方はそれを聞いて心地良く・・・譲ってくださいました」
それを聞いた定正は驚いたことに天を見上げて「ワハハハ」と笑った
「私の名前を使う所をよく心得ているな、あなたはいつもそんなに気が利く人なのですか?」
鈴子は少し頬を染めた
「いいえ・・・そういうわけではありません・・・が・・・」
「きみは秘書の仕事がしたいんだね?」
「いえ・・・あ・・その・・・ハイ・・・」
鈴子の瞳は慌ただしく左右に動いた、秘書というより彼女は定正に近づきたいだけだった、仕事は何でもよかった、定正が言った
「自分で言うのも何ですが、私は仕事の鬼です、意地悪ではないが完璧主義なんだ、ハッキリ言って付き合い辛い男ですが、それでよければ一緒にやってみようじゃありませんか?どうですか?」
「ええっ!あっ!ハイ!よろしくお願いします」
ガタンッと立ち上がった
「まだ話は終わっていません、お座り下さい」
「ああっ!ハイッ!すいません」
鈴子の慌てぶりに、プッと専務の増田が少し吹き出した
「覚えておいてください、私達はコーヒー中毒です、毎日熱いのを何杯もブラックで飲みます」
「覚えておきます」
「それから、私は船乗り出身でね、時々口が悪くなる時があるんです、あなたを怖がらせるかもしれません」
「はぁ・・・と?言いますと?」
「『このクソ野郎』とかだよ」
専務の増田が面白そうに言う、完全に目が鈴子をからかって遊んでいる
―私を甘やかされて育ったお嬢様だと思ってるのね、そんなの全然平気だわ―
「私の父は乱暴な金型職人を何人を雇っていました、汚い言葉には慣れています!」
キッと鈴子は定正を睨んだ
―むしろ、私が汚い言葉を使って驚かせるかもね!―
そんな鈴子を見て定正の瞳がキラリと光った、専務の増田は片眉をくいっと上げた
定正が言った
「それでは、高山鈴子さん、明日から私の秘書としてここへ出社してください、出社したら受付の花山さんが色々教えてくれるでしょう、受付の待合室にいる面接待ちの彼女達を全員返してください」
・:.。.・:.。.
面接の帰り道・・・鈴子は自分がなんてラッキーなんだろうと感じていた
ブツブツ・・・
「百合の夫と言うぐらいだから金持ちの威張り腐った最低男に決まっているわ!せいぜい百合の復讐の道具に使わせてもらうから」
パパ・・・兄さん見ててね・・・私・・・やるわ・・・
百合はいつまでも空を見ていた