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第12話:体調の変化
すれ違いを乗り越え、二人の絆がより一層深まってから数ヶ月が経ったある日。
季節は巡り、寒さが残る早春の時期を迎えていた。
宮舘の身体に、少しずつ異変が現れ始めたのはその頃だった。
はじめは、単なる過労だと思っていた。
年度末の業務が重なっていたこともあり、夕方になると強い倦怠感に襲われ、デスクに向かっているだけで眩暈(めまい)を覚えることが増えたのだ。
しかし、決定的な変化は食卓で訪れた。
「涼太さん、今日の夕飯は何ですか?」
目黒が嬉しそうに帰宅し、いつものようにキッチン覗き込んできた。
宮舘は目黒の大好物である生姜焼きを作ろうと、フライパンで豚肉を炒めていたのだが――香ばしい醤油と生姜の香りが立ち上った瞬間、唐突に激しい悪心(おしん)が宮舘を襲った。
「……っ!?」
宮舘はたまらず口元を押さえ、フライパンの火を消すと、そのままトイレへ駆け込んだ。
「涼太さん!? どうしたんですか!?」
驚いた目黒が慌てて後を追いかけ、背中を優しくさする。
宮舘は胸のムカムカと吐き気に耐えながら、青ざめた顔で首を振ることしかできなかった。
大好きな料理の匂いで気分が悪くなるなんて、これまでの人生で一度もなかったことだった。
それからも、微熱と強い眠気が続き、何よりあんなに好きだった料理を作るのが苦痛になるほどの吐き気が治まらない。
『涼太さん、お願いですから病院に行きましょう。俺もついていきますから』
心配でたまらない目黒の強い勧めで、二人は週末に総合病院を受診することになった。
事前に問診票へ「完全なろう者であること」「同性パートナーが同伴すること」を記入し、内科での受診を待った。
しかし、血液検査や簡単な診察を終えた医師は、不思議そうな表情で採血データを見つめた後、筆談用の用紙にこう走らせた。
『宮舘さん。念のため、婦人科(産婦人科)へ回って精密検査を受けていただけますか?』
「え……?」
内科の診察室を出た後、手渡された受診票を見た二人は顔を見合わせた。
男性である宮舘が、産婦人科へ?
混乱と不安を抱えたまま、二人は産婦人科の診察室へと足を踏み入れた。
担当の医師は、二人が着席すると、画面に映し出されたエコー(超音波)画像と宮舘の顔を交互に見比べ、どこか震える手でじっくりと筆談用タブレットに文字を打ち込み始めた。
医師が二人に提示した画面には、信じがたい言葉が並んでいた。
『宮舘さん、目黒さん。驚かれるかと思いますが……宮舘さんの胎内に、新しい命が宿っています。現在、妊娠9週目です』
「……え?」
目黒の口から、掠れた声が漏れた。
宮舘は呼吸を忘れたかのように、ただ静かにタブレットの文字を見つめていた。
現代の医療・法律において、同性間の妊娠および結婚は認められている。
しかし、それは男性の体に極めて稀に存在する特殊な受精環境が整った場合にのみ起こるものであり、確率にすれば「奇跡以下」とされるレベルの現象だった。
『お腹の赤ちゃんはとても順調で、心拍もハッキリと確認できます。宮舘さんが感じていた体調不良は、酷いつわり(妊娠初期症状)ですね』
医師はそう書き添えると、エコー画面の小さな影を指さした。
そこには、豆粒ほどの小ささで、けれど確実に脈打つ命の光があった。
音が聞こえない宮舘の世界に、言葉にならない衝撃と、言葉にできない温かな何かが一気に押し寄せてくる。
隣を見ると、目黒は信じられないというように目を見開いたまま、エコー画面と宮舘のお腹を何度も往復して見つめていた。
その大きな瞳から、ぽろぽろと大きな涙がこぼれ落ちていく。
目黒は宮舘の手をしっかりと握りしめると、声にならない震える唇で、何度も何度もこう叫んでいた。
「涼太さん……! 俺たちの、赤ちゃんだ……!」
無音の世界の中で、二人の手を通して伝わる脈動。
奇跡という言葉すら生ぬるいほどの尊い命が今、二人の愛の証として、宮舘のお腹の中で静かに呼吸を始めていた。
コメント
1件
第12話、読みました。ついに来たか……という感じですね。生姜焼きの匂いで吐き気、というのは確かに「ただの疲れ」じゃないなと読んでいて伏線に気づきました。医者が産婦人科に回す場面、二人が「え?」となる気持ちがすごく伝わってきて、そこからのエコー画像の描写には胸が熱くなりました。目黒が涙を流しながら「俺たちの、赤ちゃん」と叫ぶシーン、本当に印象的です。奇跡的な設定ながら、描かれている感情の温度がリアルで、すごく引き込まれました。おめでとうございます、という気持ちでいっぱいです。
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