前書き
今回の話には、
『167.ツミコの罪』
『256.善悪の友達』
の内容が含まれております。
読み返して頂くとより解り易く、楽しんで頂けると思います。
二人揃って屋外の様子を確認しようと深夜の廊下を進んだコユキと善悪。
庫裏(くり)の玄関と本堂、それぞれに向かう分かれ道で先行する善悪が右手を素早く動かす。
『某は本堂から出る、コユキ殿は玄関から』
頷いたコユキは指示に従い玄関へと続く廊下を進むのであった。
特段ブロックサイン等決めていなかったので意図する所が合っているかは分からなかったので多少の不安は残ってしまっていたが……
兎に角、いつに無くおどおどしながらそろりそろりと進んだコユキは庫裏(くり)の玄関へと辿り着いて、音を立てないようにそっと屋外に出るのである。
踏み出した境内では不思議な光景が広がっていた。
三匹の狼、シロ、クロ、チロが謎の侵入者相手に、どうやら苦戦している様である。
それだけでコユキにとっては驚愕の出来事であった。
三体合体する神狼では無いとしても、三体ばらばらであっても魔狼の名に恥じぬフェンリル、ケルベロス、オルトロスの三柱相手に、謎の侵入者は互角以上の速度で捕まらぬように回避し続けているのである。
同じく回避、いや速度特化のコユキにとって、それだけで慮外(りょがい)の出来事であったのだ。
勿論、合体した大口の真神(オオグチノマカミ)、口白(クチシロ)であれば速度的に後れを取ることは無いであろう、だが今三匹の魔狼達は、敵をせん滅する事よりも、逃がさない、その一点に重きを置いて包囲の輪を少しづつ狭めながら侵入者を追い詰めているようである。
それも全てここ幸福寺に居る魔王種以上の悪魔達、『聖女と愉快な仲間たち』の助勢を信じているが故だろう、先程の吠え声も同様の理由に因(よ)るのだろう。
それを理解したコユキの行動に迷いは無かった。
高速で移動している相手、コユキの目でギリ捉えられる限界の侵入者が次に停止するであろう場所に向けて、神速で体当たりをする為に口にしたのである。
「『加速(アクセル)』」
ドゴオォォォンっ!
コユキの狙いは的を射ていた、短距離の移動を終えて残像を回収しながら境内の奥に姿を現した、無防備な体勢の侵入者に対して、そのでっぷりとした腹肉を神速移動の勢いのままに叩きつけたのである。
「ふ、他愛ない……」
余裕の言葉を放つコユキに向かって、吹き飛ばされた先で顔面でも打ったのだろうか、みっともなく二筋の鼻血を垂らしながら起き上がった侵入者は言うのであった。
「み、見付けたぞぉ! デブ女ぁ! 許すまじっ! この形(なり)を見るが良いっ!」
「へ?」
言われて暗闇の中、目を見張って一所懸命に凝らしてあげる素直なコユキが見た物とは……
そこかしこが泥で汚れ手足の至る所に石や瓦礫(がれき)で負ったとみられる裂傷が数十か所、その上に鋭い牙で噛み千切られたのか、真新しい傷も数か所見受けられ、そこから鮮血を流していたのである。
コユキは侵入者に対して言うのであった。
「あれれ? アンタ岩手県奥州(おうしゅう)市にいたお地蔵様じゃないっ! そんなボロボロになって迄アタシを追いかけて来たって言うのおぅ? 恐っ! 本当に嫌になっちゃうわぁ、しつこい男ってさあ!」
地蔵は奥歯を噛み締めながら、憎々しげに言うのであった。
「ど、どの口がほざく…… 返せ! 私の守護していた傘と手拭を…… お前、何をしているのか自分で分かっているのか? これは運命の神に逆らう――――」
ポン。
地蔵の肩にふいに置かれた手に、彼は会話の途中だというのに振り返り、次の瞬間大きく叫びをあげたのであった。
「うわあ、うあうあ、うわわああぁぁぁ! な、なんだお前ぇ! き、気持ち悪いっ!」
肩を叩いた善悪は無表情(パック)のままで能面づらを晒して言うのである。
「おいっ! ゼパル、ベレト、カイム! ……やれっ!」
「「「あいよっ!」」」
次の瞬間、地蔵は周囲をくるくると見回して、何故だろうか、何もない空間を目指してフラフラと歩みを進めつつ言うのである。
「おい、デブ女ぁ、逃げるな! お前だけは逃がさないんだからなぁ~、ふふふ、捕まえてやるんだからな! このデブめが!」
言いながら、幸福寺自慢の納骨堂へとフラフラ歩き続ける地蔵様。
覚束ない(おぼつかない)足取りのまま納骨堂の扉を開けて、どうやら半地下のシェルター(パパン作)へ入り込んでしまったようであった。
カシャンっ!
キンキラカイムが振り返って明るい声を漏らした。
「へへっ! やりましたぜぇ! 閉じ込めてやったのですよぉ~! イェェィ! キョロロン!」
赤黒の当世具足(とうせいぐそく)に身を包んだゼパルがコユキでは無く、遥か後ろから歩み寄ってくる善悪に向けて言うのであった。
「ボウ、コユキちゃんの姿を見せたら簡単に引っかかったよ! 思った通り単純な相手だったなぁ? フフフフ」
ラッパを抱えた白猫、赤いリボンも可愛らしい『規定(きてい)』ちゃんが言葉を重ねる。
「ぼん! こいつ結構な馬鹿だぜぇ? ゼパルが化かさなくてもこっちに興味津々、気もそぞろだったぜぇ! 楽勝だぜぇ!」
深夜の僅か(わずか)な星明りを全身に煌めかせながらキンピカなカイムが誇らしそうに告げる。
「コユキ様に化けてやつを誘導した蛾(ガ)ちゃんも褒めてやってくださいよ坊ちゃんぅ! ま、でも、これで袋の鼠だねぇ、不届きものはぁ、キョロロン!」
善悪が三悪魔、柱に向けてさも当たり前の風情で答えたのである。
「いつもありがとう皆、んじゃあ寝ようか、お疲れ様ぁ~!」
「「「うい!」」」
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