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最近、教室でひそひそと声がする。
「目黒、なんか変じゃない?」
「この前も廊下で誰もいないのに喋ってた」
目黒はその言葉が耳に入っても、もう何も感じなかった。
頭の中には、康二の声しかない。
誰かが笑っても、名前を呼んでも、何も響かない。
——康二くんの声だけが、現実。
授業中も、ノートの隅に小さく文字を書いていた。
「康二」「康二」「康二」
気づけば、ページがその名前で埋まっていた。
それでも不思議と、怖くはなかった。
書いていれば、そこに“繋がっていられる”気がした。
その日の昼休み。
康二が他のクラスの友達と話しているのを見かけた。
笑っていた。
あの、柔らかい笑顔で。
胸の奥が、ずきっと痛んだ。
視界がにじんで、音が遠のく。
——俺以外に、笑ってる。
——俺を見てくれない。
気づいたときには、
教室のドアの前に立っていた。
ドアノブを握る手が震える。
「……康二くん」
呼びかけた声が、少し掠れていた。
康二がこちらを見て驚いたように眉を上げる。
「おい、どうしたん。顔真っ青やん」
「……どこにも、いなかったから」
「え?」
「教室にも、廊下にも。だから……探してた」
康二の胸の奥で、何かがざらりと音を立てた。
その目は、もう“普通の目黒”ではなかった。
「……俺が見てへんと、あかんのか?」
「うん」
「ずっとか?」
「うん……」
その瞬間、康二の中で、
恐怖と安堵が混ざった。
——怖い。
でも、嬉しい。
自分以外、誰も必要とされていない。
その事実に、息が詰まるほどの甘さがあった。
教室の外では、何人かの生徒が小声で囁いていた。
「向井先輩、最近ずっと目黒と一緒だよね」
「なんか、ちょっと怖くない?」
康二はその声に気づいて、目黒を庇うように肩を抱いた。
「……お前は俺が守る」
目黒は小さく頷き、康二の胸に顔をうずめた。
その笑みは、安らぎというより、どこか壊れた静けさを纏っていた。
——この人がいれば、世界なんてどうでもいい。
——この人がいなければ、世界が意味をなくす。
教室のざわめきが遠のいていく。
ふたりだけの世界が、静かに閉じていった。