土砂降りの雨の中、ようやく戻った3人は大人たちからめいっぱい叱られた。
何も言わずに遠くへ行き、そのうえ任された仕事をサボったのだから当然である。
いつもと違うことが二つあった。一つはリンも含めて怒られたこと。呼びつけるよう言ったはずなのに、任された本人がアルゴとリアムのくだらない話に付き合うとは何事か、と。
もう一方は、別れ際に挨拶をしなかったこと。いつも一緒だったはずの3人の心は離れ離れになっていた。
特に喧嘩をしたわけでもない。険悪な空気とは少し違う。けれども各々が思い思いの考えを巡らせていたのは確かだ。
アルゴは悩んだ。リアムにあのことを話してしまったからだ。
おばあちゃんからは誰にも言うなと言い聞かされていたが、初めはよくある迷信で話の種の一つくらいになるだろうと思っていた。
そして、たまたまリアムのお父さんに出会した時、例の化け物の話を誰かに話したい衝動が抑えられなくなった。
ちょっとした小話をするつもりで話したのだ。しかし、話が進むごとにリアムのお父さんからは質問や確認が増えていき、予想外の食いつきをみせた。
話を聞き終えたリアムのお父さんは、とても驚き、思い詰めた顔をしていた。
渋面を浮かべて考えあぐねた末に、その化け物を見たという話を聞かせてくれたのだ。
リアムの言う通りだった。話をしているリアムのお父さんの顔は真剣そのもので、まさしく恐怖に打ち震えていた。
あの顔を見れば誰だって信じる。その話ぶりも真に迫るものがあったのだ。
仕事に戻らなくてはいけないと言って、リアムのお父さんは立ち去ろうとした。
しかしそこで立ち止まり、踵を返してこちらに戻ってくると、こう何度も忠告した。
リアムには言うな、と。
その忠告を無視してとうとう打ち明けてしまった。
アルゴは一人罪悪感を覚え、窓の外に浮かぶ妖しい三日月を不安そうに眺めた。
リンはリアムのことが心配だった。相当ショックだったことが見てとれたからだ。
あの様子では晩御飯は喉を通らないだろうし、夜もよく眠れないだろう。
3人ともだったが、突然の大雨でずぶ濡れになったから体調を崩すかもしれない。
ただ温かい食事を摂り、暖かくして眠ることをリンは祈るのである。
それはただ仲間を思いやる大切な気持ちだけではなかった。
リンはリアムに対して特別な想いを抱いていた。
いつもはお調子者で皮肉っぽいところもある彼だが、誰よりも信義に堅い一面を持ち合わせていた。
何度も落ち込んでいるところをリアムに見つかっては慰めてもらった。
リンは誓った。今度はこっちが慰めてあげよう。明日、必ずリアムを元気付けてあげるんだ、と。
リンは一人高揚感を覚え、窓の外に浮かぶ眩い三日月を恋しそうに眺めた。
リアムは打ちひしがれた。アルゴの話が真実だったからだ。
父さんが秘密を抱え、その秘密を我が子であるリアムに隠していたことにもショックを受けた。
村外れにある名もなき山。そこに棲む人喰いの化け物。そこに父さんが仲間とともに立ち入り、父さんだけが生き残った。
この事実を隠す意味にも気付いていた。弓や槍を物ともしない化け物相手に、対抗できる武器はこれ以上ないからだ。
迷信扱いの化け物が存在することを告げたら、血気盛んで勇気ある村の若者が次々と犠牲になってしまう。
過去の口伝が真実である可能性が高い以上、それ は悲劇の再来となってしまう。それを避けるための意図もあろう。
一番の対処法は、このことを隠して無かったことにする。つまり、山へ不用意に入る者がないように済ませることだ。
しかし、現に父さんと仲間たちはそのことを知らなかったがために犠牲となった。
では、どうすればいいのか。答えはもう既に見つかっている。
リアムにはわかっていた。父さんがこのことを隠した一番の理由を。
それは、血気盛んで勇気ある若者とは、リアム自身のことであったからだ。
いまやリアムは決然としていた。
名もなき山に棲む人喰いの化け物を倒すのだ。
武器の威力が足りぬなら、足りるまで攻め入るしかない。
やってみせるんだ。狩人の息子として、化け物を倒してみせる。
そして、村に平和を平和をもたらすのだ。いや、人類のために平和をもたらすのだ。
リアムは一人使命感を覚え、窓の外に浮かぶ微かな朝日を眩しそうに眺めた。
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