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白山小梅
白山小梅
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砕け散った恋の記憶をアクセサリーケースの中にしまい込んで、誰にも見せないようにと閉じ込めている。
いつまでも、きっといつまでも。
あたしはそれを捨てられずにいる。
:
柊と初めて出会ったのは、高一の夏。
入学式直前に大怪我をするという間抜けなあたしは、いわゆるスタートダッシュに思い切り失敗して、ぼっちスタートを決めてしまった。
思い描いていた青春の” せ “の字も見い出せず、数学の授業も全くあたまにはいらず” お腹が痛いので保健室に行ってきます”と、適当に行って、ふらふらと校舎をさまよった。
仮病なので、なんとなく保健室にも行きづらくて、行く宛を求めて授業中の校舎を歩いていれば、あたしの足がたどり着いたのは屋上に向かう階段だった。
“ 立ち入り禁止 “
A4の用紙に書かれた文字はあたしのほうが綺麗に書けると思えるほど煩雑なのに、たったこれだけで効力を発揮していた。
でもダメと言われたらそれを破りたくなってしまうもの。
屋上への扉を開けるとふわりと風が舞って、あたしのスカートを攫った。少しの罪悪感と優越感を感じる三時間目。
……ああ、気持ちいい。
詰まりかけた息を吐き出して、大きく伸びをした時、誰かに声を掛けられた。金平糖にお砂糖をまぶしたような、甘ったるい声だった。
『……なにしてんの』
つい、解放感に夢中で、あたしは人がいたことにさえ気づかなかった。
無機質な屋上にごろんと横になるのは、隣のクラスの柊 碧音だった。
この高校に通う女子で、柊のことを知らない女子はいないと思う。透明感のある白い肌と、浮世離れした容姿。
ハーフらしい彼は、確実に陽キャの類なのに、群れを成さない性質で、バスケ部で、かなりおモテになっていて。
スタートダッシュが遅れたあたしの耳にも、彼が女子から囁かれているのを知っていた。
『あ、ごめん、なさい。人がいるとは思わなくて』
『なんで謝んの。べつ、誰が来ても良いんじゃね』
だって、柊の周りに不思議なテリトリーが出来ている。高校生とは思えないほど完成された容姿がそうさせているのか、まるで屋上そのものが彼の王国のようだと不思議な感覚に陥った。
『同級生?』
『はい。……たぶん、隣のクラスだと思います』
『タメなのになんで敬語なわけ?』
『初対面だから、いちおう……?』
『や、俺に聞かれてもわかんねーよ。サボり仲間だし、タメ語でよくね』
でも、柊は思った以上に気さくで、くたっとした笑顔が眩しくて、単純なあたしは呆気なく落ちて。
ながい片想いが、この瞬間にはじまった。
それから、生理と体育が重なった時とか、夜更かししたあとの五時間目とか。気分が乗らなくて授業をサボって屋上に行くと、決まって柊が先に屋上にいた。
柊は一度もあたしを追い返すことはなかった。ダラダラと些細なことを話す度に、新しい柊を知っていった。おどろくべきことに、柊とあたしは、好きなものがひどく似ていた。
『つか、柴崎って良い性格してるよな』
『え!そうかな!?』
『褒めてないから。……ほら、最初はおとなしい感じと思ってたのに、意外と凶暴だし……ってえ!すぐ抓るのやめろ!』
『柊がすぐそういうこと言うからじゃん!』
『凶暴な子には、カレシ出来ねーよ』
『柊に心配されなくても、要らないもんね』
嘘だよ。柊のことが好きなんだよ。ちょっぴり、ね。
でも好きがどんどん募って行く反面、あたしから自信ばかりが喪失されていった。
柊と仲がいい女の子は可愛い子ばかりだった。
屋上という空間では普通に話せるけれど、ひとたび学校という一組織の一部分になれば、あたしと柊は他人を装っていた。
現に、いくら話せど、連絡先の交換さえしていない。学校の屋上という限りなく限定された場所での関係。
目立つ位置にいる柊と、認知されない場所で息をするあたし。
本来、あたしなんかが相手にされるわけなかった。
少しなら平気かと、夏の陽射しを許して蝉の声を聴いた。
Bluetoothのイヤホンを片耳に入れて空を眺めた。
ココアをカイロがわりに肩を寄せあった。
ココアよりも触れ合った肩の方が熱かった。
柊の香りが好きだと言った。
へえ、と風船ガムみたいな返事が返ってきた。
香りが好きだと言えても、柊を好きだとは言えなかった。
告白したら、この関係が壊れるのがたまらなく怖かった。