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時間はすでに21時を回っているわ。夕食とデザートまで平らげた後の運動をするのにちょうどお腹も落ち着いた頃合いですわね。
「ここは……まさか本当に外に出て来られたのでございますか。まさか妄想ではなかったとは」
「ギルバート、あなた私が嘘をついていたと思っていたわけ?」
「そのようなことは決してございません。気が触れたのだとばかり」
「もっと失礼じゃないのよ。まあ、いいわ。あそこに見える時計台からしてここが街の外周部なのは間違いないわね。夜中だから分かりにくいわ」
遠くに私の住む街の中心である大時計塔が聳え立つのが見えるここは詳しくは分からないけれど円状に広がる街の外側で合ってそうね。
「お嬢様が決めて移動したわけではないのですか?」
「そんなの無理よ。正確な地図があって座標が決まっているならまだしも、その上私はここ何年もまともに出歩けもしないのに。出来るとすればいつもの学院の食堂との行き来くらいよ」
「教室とかではないのですね」
「おだまりっ。勉強はきらいなのよ、私は。さて、走るにしてもこのナイトウェアでは厳しいものがあるわね。着替えるわよ」
私が望めば体ごと光に包まれて次の瞬間にはジャージに着替え終わっているのよ。
「今のは……なぜ着替えるのに光る必要があるのでございますか?」
「それだとまるで私が見えないようにして必死に着替えてたみたいじゃない。見てた?自動で着替え終わってたし光ったのは私の体型に合わせての“乙女のベール”よ」
「なるほど。決して素肌を見せない光がお嬢様の衣装チェンジをしてみせたのですね。あまりに光が大きかったものですからてっきりこの世の終わりかと」
「──絶対に痩せてやるわ」
「ちなみにお嬢様は今どれだけの軽さで?」
「そこを変な気を使って質問しちゃうから答えにくくなってるじゃないの。今は103kgよ」
当初の予定通りにジョギングを始めた私たち。こんな時間でも街灯はところどころにあって一周するくらいは不便もないわ。
「我が国の建築作業員の安全基準を超えてますね」
「そんな基準に適合するのが目的じゃないわよ」
「まさか非合法でございますか⁉︎」
「建築現場で、働くのが目的じゃないわよっ」
「そうでございました……そのクマのプリントされたお召し物も素敵でございます」
「──これはフクロウよ。熊にクチバシなんてないでしょっ! なに? そんなに見間違うほどに伸びてるって話⁉︎」
「お嬢様! 前を、前を見て走って下さいませっ! ああっ!」
「ちょっと、今さら後悔しても──きゃっ?」
後ろを走るギルバートに文句を言い続ける私のお腹に“軽い衝撃”を感じて私は尻もちをついてしまったわ。
「お嬢様……保険には入っておられましたか?」
私が突き飛ばしたものに手を触れながら尋ねるギルバート。
「火災保険なら入ってるんじゃない?」
「いえ、対人対物無制限の任意保険に、です」
「人を走る鉄の塊みたいに言わないでよ。そんなの入ってるわけないでしょ?」
ギルバートは首をふりふりして、顔を上げると真面目な顔で
「お嬢様、自首致しましょう」
「な、なによ。私はなにも──」
「この娘、死んでおります」
私が突き飛ばしたのはどうやらこんな時間に一人歩きしていた女の子で、私にとっての“軽い衝撃”は女の子を天へと帰すほどのものだったようです。