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学年主任の先生は、
保健室の隅に立ったままスマホを取り出した。
画面を確認してから、一度だけ深く息を吸う。
「……じゃあ、連絡するな」
コール音が、やけに大きく響く。
赫は無意識に、翠の方を見た。
翠は目を閉じたまま、黄の服を握っている。
──出て、ほしくない。
──でも、出てほしい。
矛盾した気持ちが、胸の中でぐちゃぐちゃになる。
『……はい、音川です』
桃の声だった。
その瞬間、赫の喉がひくりと鳴る。
先生は落ち着いた声で名乗った。
「突然のご連絡、失礼します。
○○中学校、学年主任の△△です」
『……何か、ありましたか』
一瞬で切り替わる声。
仕事用の、冷静な大人の声だ。
「はい。現在、翠君が────保健室にいます」
その言葉だけで、空気が変わった。
『……保健室?』
『怪我ですか』
「怪我ではありません。ただ──」
先生は、言葉を選ぶ。
「精神的にも、身体的にも、限界に近い状態です」
短い沈黙。
電話の向こうで、何かが落ちる音がした。
『……俺、今すぐ向かいます』
即答だった。
「ありがとうございます。茈さんにも──」
『俺がかけます』
桃の声は低い。
『……翠、今意識は』
「あります。ただ、かなり消耗しています」
『……わかりました』
『失礼します』
通話が終わる。
先生はスマホを下ろしてから、
ゆっくりと振り返った。
「今、連絡はついた」
「二人とも、来てくれるとの事だ」
赫の肩から、力が抜けた。
「……来るんだ」
ぽつりと漏れた声に、先生は頷く。
黄は、翠の手をぎゅっと握り直した。
「翠くん」
「もうすぐだよ」
翠は、かすかに眉を寄せる。
怖いのか、安心なのか、
自分でもわからない表情。
赫は、ベッドの横に立つ。
「……怒られるかもな」
でも、次の言葉ははっきりしていた。
「それでも、来てくれる」
「来ない人たちじゃない」
その瞬間───
翠の目から、音もなく涙が落ちた。
その日、何度目か分からない。
声は出ない。
でも、逃げなかった。
それだけで、十分だった。