「やったぁ〜!!!!これでポイント30貯まった!!!!」
「……………………………………………..は?」
目の前で他の女に腕を組まれた俺を見た瞬間、俺の妻である 魅華 みかはそう叫んで全身を使って喜び出した。
予想外の反応に驚く暇もなく、魅華はどこに隠していたのか、子供じみたハンコをシュバッ!と取り出すと専用のカードのようなものにポンと判を押した。
そして、脇目も振らずどこかに電話をかける。
「あ!もしもし、三途くん?聞いて聞いて!……え?何?見てたの!?今どこ!?……え、あれ?もしかして、あの黒い車乗ってる?……うん!オッケー!すぐ行く!……そう!その通りです!じゃあ、九井くんのとこに行きましょ!!!!」
「は……?え?」
なんでここで三途?と化粧のケバい女を腕に侍らせたまま困惑する。というかなんだコレ。どういう状況だ????
「あ、こっちこっちー!」
だが、魅華はそんな俺になんて目もくれず、こっちに向かって来た車に駆け寄る。そして、車の窓から三途が顔を出すと、魅華は嬉々としてさっきのカードを見せる。
「見て見て三途くん!やりました!」
「ぶっは!やっぱり埋まってんじゃねぇか!」
「いや〜〜〜〜私もビックリだよ!ま、あとは九井くんにこれ見せれば一発だよね!!!!」
「よーし、乗れ!すぐに連れてってやる!」
「やったー!あ、その間に他のメンバーも呼んで良い?」
「呼べ呼べ!全員呼んじまえ!!!!」
「オッケー!!!!」
「え、は……?」
いや、は?お前いつの間にソイツとそんな仲良くなったわけ????何も知らないっていうか俺聞いてねぇけど?????
魅華は三途と爆速でそう言葉を交わすと、車のドアに手をかけた。
そして、そこでやっと俺を見た。
「あ、蘭!私今日は一晩中遊んでくるから!!!!!」
「え?」
「帰りは多分明日になると思う!それまでそこの彼女さんとごゆっくりどーぞ!!!!」
「は?いや、おい待て!!!!」
それじゃ!と魅華が車に乗り込むと同時に三途が車を発進させた。
「ら、蘭くん……?今の人って」
「…………」
隣にいる女の言葉には全く反応できないまま、俺は嵐のように去っていった魅華の顔を思い出す。
あの怖いほどの満面の笑みにただただ寒気を感じ、これは流石にヤバいんじゃないか?と今になって実感した。
私の名は 魅華 みか。今は苗字が旦那のものになっているので灰谷魅華。
突然だが、私の旦那である灰谷蘭は、浮気をしている。と言っても、あの男の女癖が結婚後に治るなんて期待はしていなかったが。
私と蘭が出会ったのは高校生の時、向こうから急に声を掛けられた。蘭曰く、喧嘩でできた傷の手当てをしてくれたと言っていたが、正直私はこの時点で蘭が、その時偶然手当てをした男の子だとは全然思えず「人違いでは?」と言った。
しかし、相手は六本木を仕切ってると噂の不良で、校内では良い意味も悪い意味も含めて有名人だった。そんな人の手当てをしてしまった自分の校内情報の疎さ加減に呆れたが、蘭はお礼だと言って、高そうなお菓子を渡してきた。
それで私と蘭のやり取りは終わりだと思っていた。だけど、その日を境に蘭は私の所へ通うようになった。学校サボる常習犯のくせに、登下校は必ず着いてくるし、休み時間に絡まれることもしばしばあった。毎日毎日、飽きもせず顔を合わせに来る蘭。
そんな日々が続いたある日、蘭が突然私に告白してきたのだ。「お前のこと好きなんだけど」と急に会話の中にブッ込まれた。いやムードは?と思ったけど、その時の蘭の耳が真っ赤に染まっていて思わず面食らった。え、うそ、マジ?と。私を面白いオモチャ的なやつだと思って絡んでいたわけではないらしい。それに、あの俺様で自分がルールみたいな蘭が、私に告白だなんてことをしてくれている事実。それがなんだか嫌じゃなくて、寧ろ嬉しいと思った自分がいて、その告白にオーケーをした。
最初は確かに緊張したけど、蘭とデートしたり、食事したり、贈り物を貰ったりしていたら、段々彼に惹かれて、好きになっていった。一途に想ってくれているのが嬉しかった。
確かに、蘭のいる世界と私が生きてきた世界は全然違う。そのせいで人質にされたり、襲われそうになったりと怖い思いをしたけど、蘭は必ずと言っていいほど私を助けてくれて、守ってくれた。
だから、彼が社会の理から反するような世界に身を投じることになった時、私は今までの全てを捨てて彼について行き、結婚した。まぁ、婚姻届なんて出せないから形式だけそれっぽくしてる感じではある。それでも私は素直に嬉しかった。
だけど、蘭は元々女癖が悪かった。
私と付き合う前は、友人から再三注意するようにと言われていた。現に、蘭と付き合ってからは、それはもうクラスの美女やら他校の女から睨まれまくった。ただ、急にビンタされるとかいじめられるとかはなかった。
なぜだろと思っていたら、友人曰く私はドライなので相手が勝手に私に嫉妬しては儚く散っていく感じだったらしい。その意味は今だによく分からないけど。確かに私はドライなのかもしれない。
まぁ、蘭のお友達やセフレが数多く存在することは流石に知っている。だけど、蘭は私に気を遣ってか、そういう話題を出すことはなかった。だから、あまり心配はしていなかった。蘭が自分から告白までして付き合いたいと思ったのは私なんだと、そういう自信があったから。
でも、蘭は飽きっぽいところがある。
私とここまで長く付き合えてるのは奇跡だと思うくらい、蘭は飽きっぽい。弟の竜胆くんだって「兄貴、アンタには本気みたい」と驚いていた。
その時は、思わず幸せ者だなぁなんて思っていた。
蘭が、綺麗な女の人と腕を組んで歩いているのを見るまでは。
街中でたまたま見かけた私は、あまりの衝撃にその場に立ち尽くしてしまった。だけど、その数分後にやっと「お仕事か」と思い至った。ハニトラならぬ、ロミトラ?みたいな感じで、ターゲットにの女性と関係を持って目的の情報を聞き出す……みたいな感じのお仕事。蘭の職場ではよくするらしく、付き合ってる時も結婚後も事前にそういう連絡が一言はあった。
でも、私がさっき見た光景に対する事前連絡は無かった。
忘れてたんだろうな……とこの時はそう思うことにしておいた。
だけど、この日を境に、蘭からの連絡は疎かになっていき、帰ってくる時間も遅く、朝帰りなんて当たり前になっていた。やっと連絡がついたと思っても「先に寝てろ」「飯いらない」と簡潔でどこか冷淡な返事しかくれなくなった。服にも口紅や少しファンデーションの痕が残ってたり、女物の香水の匂いがしたりと、あからさまになっていた。それについて聞こうとしたら「ウゼェ」だなんて言われて、初めて邪険に扱われた。余計なこと聞くな、しつこいなどと言われればそれ以上は何も聞けず、私は渋々「ごめん」としか言えなくなっていった。
そんな状況が半年くらい続けば、会話も少なくなっていって、顔もあまり合わせなくなっていった。
だけど、記念日とかはせめてもの思いで大事にしたくて、結婚記念日くらいは蘭と2人でどこか出掛けよう、お祝いしようなんて一人で考えていた。
本当に、あまりにも滑稽だったと思う。
記念日当日。蘭は仕事だと言って外に出て行ったきり連絡無し、私が連絡しても返事は無かった。夜遅い時間になっても帰ってこない。心配になって外に出て、竜胆くんにも蘭のことで何か知らないか?と連絡を入れて、走り回って──
──そして、蘭が女の人とホテルに入っていくのを目撃した。
そんな私に追い討ちをかけるように、竜胆くんから返信が来た。
【兄貴なら、もう仕事終えて家に帰ってるはずだけど?】
「…………は」
そうか。
もう仕事終わってるんだ。
じゃあ、“アレ”は仕事じゃないんだ。
スーッと、身体が一気に冷えていく感覚がした。
多分、そこで私の中で何かのスイッチがカチッと入った気がする。
「蘭がその気なら、私も好きにしよっと」
「という訳で、蘭の浮気30回記念として!高級焼肉食べまくります!やったー!」
三途くんに連れて来てもらった高級焼肉店で、私はハイテンションでそんな事を叫んでみる。
席には三途くん、九井くん、竜胆くんがいて、後から鶴蝶くんや望月さん、明司さんも来てくれる予定だ。マイキーさんには肉の気分じゃないと断られてしまったけど、楽しんでと連絡が来ていた。
私がマイキーさん達と連絡を取り合っているのは、蘭の浮気が始まった頃に事務所に何度かお邪魔したことがあるからだ。
健気に蘭を待ち続ける私に、竜胆くんをはじめ鶴蝶くんや九井くんは気を遣ってくれて、三途くんや望月さん、明司さんには落ち込んでいる私の話を聞いてくれたりと、蘭の知らないところでそれなりに仲良くさせてもらっていた。マイキーさんは、最初は蘭に聞かされていたボスだから、めちゃくちゃ怖い人なのだと思っていた。だけど、話してみたら案外普通の人で、私の話にも親身になって聞いてくれていた。
まぁ、要するに、私は梵天の幹部である皆さんと結構仲良しになっている。さっきはそれなりだと言っていたけど、今はもう友人みたいな感じで連絡し合っているし、こうやってご飯を食べに来たりしてる。
もちろん蘭は知らない。知るわけない。
だって、私が事務所で待っている時は蘭が浮気している時だ。幹部の皆さんと仲良くしているだなんて、他の女とイチャコラしてる蘭が知るわけがない。
だけどまぁ、さっきは嬉しくて蘭の前で堂々とはしゃいで、三途くんに話しかけてる所を見られたし、流石にバレたかも。だけど、あの驚きっぷりから察するに、本当に私と三途くん達が仲良くしてることを知らなかったらしい。竜胆くんから何も聞かされていないのもあるし、当たり前か。だって竜胆くんはどちらかと言えば“今”は私の味方だもの。
そして実感した。蘭はもう私に対してそこまで興味が無いないんだなって。昔は色々気づいてくれたのに、今は浮気三昧で私の変化なんか気づきもしない。別に良いけど。
とりあえず今は、高級焼肉だ。
出されたお肉達に思わず目が輝いてしまう。しかも、九井くんが言うには今日は私達だけの貸し切りなんだとか。高級焼肉店を貸し切りとかすごい。
「本当にコレ全部食べていいの!?」
「今更聞くか?金の心配なら無用だ。今日は記念なんだろ?魅華が好きなだけ食え」
「やったー!本当にありがとう九井くん!」
「金は蘭のだから遠慮すんな」
「はーい!」
「じゃ、オレらもアイツの金食い潰してやるか」
「ま、今回は兄貴が全面的に悪いからな。オレも色々食ってやろ」
と、テーブルを囲んで肉を焼き始める。ジュージューなってる音がとても心地よく、早く食べたいとソワソワしてしまう。
「あ、野菜も焼きたーい!」
「肉だけで良いだろ」
「焼肉の時の野菜も美味しいよ?」
「まぁまぁ、今日は義姉さんの為なんだし、好きに焼かせてやろうぜ」
「ありがとう竜胆くん」
「義姉さんが主役だからな」
「主役だなんてやめてよ〜!恥ずかしい!」
肉を焼きながらそう言ってくれる竜胆くんの肩を軽く叩いたら「いてぇよ」と困ったように笑う。
お肉がいい具合に焼けたタイミングで、注文してたお酒も来た。これも普段はあまり飲まない高級なものだ。
そしてお肉をタレにつけて食べる。
「ん〜!おいし〜〜〜〜ッ!!!!」
思わずニコニコしてしまうくらい美味しい。流石高級焼肉!これならいくらでも食べられる気がする。お酒との相性もバッチリだし本当に幸せな気分だ。
「美味そうに食うなぁ」
「だって美味しいんですもん!三途くんもほら!食べて食べて!」
「テンション上がりすぎだろ焼肉くらいで」
そう苦笑いする三途くんは「次の肉だぞ〜」と私のお皿に肉を置いてくれる。三途くんが食べてしまえばいいのに、真っ先に良いお肉を私にくれた。
「ほら、竜胆くんも!」
「ハイハイ、食べるから、義姉さんちょっと落ち着きな?」
「だって、初めてなんだもん高級焼肉!」
「そういえばそうだったな」
「それに、竜胆くんにはいつもお世話になってるから」
「……そっか」
蘭の弟である竜胆くんは、私の味方をしてくれるだけで有難い存在なのだ。だからついついお肉を恵みたくなる。まぁ、このお肉の金は蘭持ちだけどね。
そうして暫く焼肉を堪能していると、鶴蝶くん、望月さん、明司さんも合流した。
「楽しんでるか?魅華さん」
「お陰様で!」
「それなら良かった」
鶴蝶くんは私の返事に少し笑うと空いてる席に座り込んだ。
「それにしても結構な量食ってるな」
「美味しくてつい……」
「まぁ、それくらいが今のお前には丁度いいと思うぞ?もっと食え」
「それを言うなら望月さんもですよ〜!どんどん食べてください!」
「そんなに食えねぇよ」
そんなことを言いつつ、お酒をガブ飲みしてる望月さん。お肉よりもお酒派って感じなのだろうか。
「俺は酒だけでいいわ」
「え!?明司さんもお肉食べましょうよ!?」
「いや〜……今考えてみたら俺の胃がもたねぇって思ってよ」
「そうですか……」
「まぁ、魅華がその分食えば問題ねーだろ」
「なんでですか」
そんなに食べたら私が太りますよ〜!と明司さんに言えば、三途くんから「もうすでにそのレベルの量食ってるじゃねぇか」と言われてしまった。だって美味しいんだもん……明日の体重は確かに心配だけど。今は高級焼肉に専念したい。
そしてお肉を食べ始めて数分後。
「……なぁ、義姉さん」
「なに?竜胆くん」
竜胆くんは少し気まずそうにしながら、私に尋ねる。
「その……大丈夫?」
「え?なにが?」
「兄貴の浮気のこと……」
私を気遣っているんだろう。さっきは浮気30回記念〜!って自分で言ってたけど、竜胆くん達からすれば、今の私は旦那に30回も浮気されてる哀れな女……なのかもしれない。
だけど、私って結構ドライらしいから。
「全然大丈夫だよ!」
と笑顔で答えた。それで竜胆くんは複雑そうな顔をしたけど、私は本当に大丈夫なんだよ。寧ろ、こうして蘭の浮気が発覚する度にポイントを付けている時点で、私の気分は落ち着いている。いや、落ち着いていられると言った方が正しいかも?
最初にコレを提案してくれたのは九井くんだ。蘭に浮気された回数をポイント制にすることで、その分自分に何かしらのご褒美を与えるというシステムだ。向こうは自由に浮気してんだから、こっちも自由に遊べみたいな感じで。
そして流石に毎ポイントでやるのはな〜思い、5、10、15、20と回数を区切ってやることにした。そして、蘭が浮気する度に、私はこうして美味しいものを食べたり呑んだり、お買い物したりなどして大いに楽しんで、好きなことに没頭した。
ちなみに浮気ポイントの基準は私の判断で良いらしい。
なので、知らない女と歩いてた、ホテルに行った、目の前で連絡を取っただけで1ポイント。他には衣服から女物の香水の匂い、口紅の痕、女物のアクセサリーなんかが見つかったら1ポイントだ。偶に寝言や寝惚けたまま私を知らない女の名前で呼ぶこともあるのでそれも1ポイントにしてる。
厳しいとか言われそうだけど、このポイント制が始まる前からずっと浮気されてるので、そこをカウントしないだけ有難いと思って欲しい。
そして30回目の今日は、ここにいる人達の提案で高級焼肉を食べる予定にしていた。もちろん蘭の金で。
最初はそこまで浮気しないだろと思っていた竜胆くん達だけど、今日で浮気30回を達成したとなれば、流石に誰も蘭の味方をしなくなっている……というのが察せられる。
「なんでそんなに浮気されんだよ。流石に度が過ぎんだろ」
「ん〜なんでだろうね?私から聞いてもどうせ蘭は何も言わないからな〜」
「ウチの兄貴がごめん」
「あ、竜胆くんが謝る必要ないよ!悪いのは蘭だから」
「魅華には心当たりないのか?」
「ん〜……強いて言うなら、結婚してから口うるさくなったからかな〜って思ってます。蘭って結構身の回り雑だったりするから」
「それだけで、こんだけあからさまな浮気するのか?」
「蘭は元々モテるから、私の代わりなんていくらでもいるんじゃないです?」
「それ、自分で言ってて辛くないですか……?」
「全然?だって、事実だし。今の蘭がそれを行動で示してるからね」
お肉を食べながらあっけらかんとしてる私を、竜胆くん達は何とも言えないような顔をする。そんな顔しないでよ〜と笑ってみせるけど、そんな顔をさせちゃってるのは私なんだよね。
ま、浮気するくらいならさっさと離婚して私のこと捨てるか殺せばいいのにね!
「あ、義姉さん携帯鳴ってる」
「ん?あ、本当だー」
バッグの中でブーッブーッと携帯が鳴っていることに竜胆くんが気づく。それに私は今気づきました〜みたいな感じで携帯を取り出した。
実は最初の方からずっと鳴ってたんだけど、高級焼肉でそれどころじゃなかったんだよね。
そして相手は、やっぱり蘭だ。
「出るのか?」
「まぁ、今ここに来てから1時間ちょっとくらい経ってるし、出ようかなと」
「オレら黙っとくからスピーカーで出ろよ。浮気男の言い分聞いてやろうぜ」
「え〜?そこまで面白いものじゃないと思うよ?」
と、言われた通りにする。
「もしもし?どうしたの?」
いつものように平然と電話に出る。すると、向こうは少し間を空けてから返事をする。
『……お前、今どこだ?』
「え?」
『どこにいんだ?』
「あれ?言ってなかった?私今日は帰らないつもりだよ?」
『ンなの許すわけねーだろ』
だんだん蘭の声にイラつきが見えてくる。周りで聞いてる竜胆くん達は、私を心配そうに見ていたり、携帯から聞こえる蘭の声に呆れてたりと半々の反応を見せている。
「明日の朝には帰るよ?」
『だから、朝帰りなんて許さねーって言ってんだろ』
「なんで?蘭だって今日は家に帰らないんでしょ?」
『もう帰ってる』
「あ、そうなんだ」
蘭がめちゃくちゃ不機嫌だって分かるのに、淡々とやり取りを続けている私。前はこの雰囲気の蘭にビクビクしてたっけ。今は全然怖くないや。不思議。
すると、蘭は一つ舌打ちすると、揶揄うような、嘲るような声音で私に言った。
『お前……俺がいんのに、他の男と遊ぶとかいい度胸してんなァ〜?ビッチかよ』
その言葉に「兄貴……ッ!」と竜胆くんが声を上げようとしたけど、それよりも早く私の口が開いた。
「は?他の女と毎晩よろしくやってたヤツが何言ってんの?」
『え』
「「「「「え」」」」」
奇しくも、電話越しの蘭の声と竜胆くん達の声が重なった。
そんな周りの反応をヨソに、私はここぞとばかりに言葉を並べていくことにする。
「なんかこの際だから言うけど、なんで私が悪いみたいな感じになってるの?可笑しくない?そもそも悪いのは蘭が他の女とイチャコラして堂々と私の目の前で浮気したのが原因でしょ?自分のしたこと棚に上げんな。こうなった原因は私じゃなくてお前。お前なんだよ?あのさぁ、前々から思ってたけど自分は絶対上の存在です〜みたいなツラしてるのなんなの?『お前は俺の言う事聞けるよな?』みたいな無言の圧なに?それで私の事好きだの愛してるだの言ってるお前の口ホチキスで縫ってやりたいんだけど。つーか、そんなに都合の良い女が欲しいならさ。さっさと私のこと捨てるか殺せよ。正直ウザいんだよね。だって、お前の浮気に付き合ってる間、私の時間が無駄に消費されていくんだよ?お前さぁ、分かってる?お前の為にと作っておいた晩御飯を『いらない』っておっっっっそい時間に言ってきて、それを全部ゴミ箱に捨てる気持ちとか?夜中になっても帰って来ないお前が心配で、不安になって泣きたくなった翌日にさ?お前は平気で朝帰りした挙句、女物の香水纏って帰って来た時の気持ちとか?まぁ、分かる訳ないよね。そんなのお前が考えてくれる訳ないよね。じゃあ、なんで言わないんだって?そんなのお前が前に『そういうのめんどくせぇ』って言ったからだよ。見るからに不機嫌そうな顔で見下ろして『俺に逆らうな』って圧かけてきたからだよ。だから我慢して我慢して我慢して、お前に従順な女……いや、この場合は家政婦だね。家政婦やってきたわけ。どうだった?命令に従順な家政婦ちゃんの私?まぁ、今更聞く気も起きないけど。ま、今日も他の女……あっ、さっき腕組んで歩いてた女と本当はホテルとかでよろしくやってくるんでしょ?こっちのことは全然気にしなくてオッケーなんで、明日になったらまた従順な家政婦ちゃんになるからさ。今日はお前の浮気30回記念って事で美味いものたくさん食べる予定なんで。あ、私が帰って来た途端ベッドインからの『直接身体に教え込んでやる』とか『お仕置き』とかそういう理不尽極まりない行為とか全然いらないんで。まぁ、性欲有り余ってるならしてどうぞ?私はお前の都合のいいセックスドールでオナホなので〜?本音は疲れるからやめて欲しいけど、どうせお前のことだから強引におっ始めるんでしょ?知ってた。私の意思なんていらないもんね?あーあ、次の日腰が痛くて動けないかもな〜……良い子で都合の良い女の家政婦ちゃんできなくなっちゃう。まぁ、お前のソレは今に始まったことじゃないし、今日はこの辺で終わりにしようよ。また明日から恋人?夫婦?みたいな感じで元通りになれるんだしさ。ね?その方が都合がいいでしょ?あ、もしかしてもうこんなビッチとは別れたかった?だから連絡くれたの?じゃあ、私は組織の一部だからスクラップだね!日時とか決まってるのかな?もしかして明日とか?じゃあ、今の内にたくさん美味しいもの食べないとだね〜!」
アハハと笑いながらそこまで言い終えると、周りは気の毒なくらいしんと静まり返っていた。聞こえるのは肉が焼ける音くらい。
『………………み、みか』
少し経ってから、蘭が私を呼んだ。
なんだか声が随分弱々しくなったな〜なんて思いながら、お酒を一口呑む。
「なに?」
そして何でもないように答えてあげる。
『あの、ご、ごめ──』
「あっ、お肉焦げちゃうから切るね!明日には帰るから、じゃ」
『ッ!?ちょ、まっ』
ブツッ!!!!と通話を強制終了する。
最後に何か言いかけていたけど、今はお肉の方が大事!と、焦げかけのお肉をお皿へと救い出す。そして、その流れでタレへつけて頬張る。次いでにお酒も呑んじゃう。
「はあ〜〜〜〜ッ!おいし〜〜〜〜〜ッ!!!!幸せ〜〜〜〜!!!!」
周りで竜胆くん達がどんな顔をしているかなんて碌に見ないまま、私は夢中になって肉を食べる。そして、また追加の肉を注文する。
「高級焼肉!最高〜〜〜〜ッ!!!!!!」
○ 魅華 みか
蘭のことを最初は知らなかったけど、彼の気持ちや想いを受け取って好きになった。だから家族も友人も全て捨てて彼について行った。
だけど、結婚してからは蘭が浮気をするようになり、最初は耐えていたけど記念日を忘れられていた上に浮気していた事実にカチリと気持ちのスイッチが入った。
そこから蘭の浮気をハイハイどうぞご勝手に〜と流すようになり、ポイントをつけて遊ぶようになる。ある意味蘭よりもこっちの方が大事になってるので「また浮気しないかな〜」なんて言ってる。
焼肉は沢山食べた。
ドライな性格とよく言われるが、基本的に他人に興味がないようなものと同じ。
実は精神的にも肉体的にも参ってるのだが、本人は自覚無し。自分の生死すらあやふやになっている。
○蘭
やってしまった人。
魅華のことは本当に好きだし、愛してる。だけど嫉妬させたい、魔が差した、仕事での接待が色々重なって浮気三昧してしまってる。
普段怒らない魅華が淡々と言葉を並べて、自分のことを「お前」と言うので本格的にヤバいと感じとる。
自業自得だけどまぁ、頑張れみたいな感じ。
○竜胆とその他メンツ
今回ばかりは魅華(義姉)の味方。
散々「やめておけ」って言ってたのにこの有り様な兄に竜胆はブチ切れたいけど、義姉の精神状態がヤバいのでこっちのサポート優先。
浮気をポイント制にしてその分遊ぶと九井が提案したのは、魅華が精神的にも肉体的にも限界が来そうだと察した為の応急処置。今のところ本人がめちゃくちゃ楽しんでいるので問題はない。
だけど、電話で淡々と真顔で喋る魅華に全員が冷や汗をかいた。
もしかしなくても、これは重症なのでは……?と察した。
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まって最高ですww