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新宿から車を走らせ、私たちは昨夜、阿久津の自宅へピザを届けたという店舗に向かっていた。
「柊さん。まさかとは思いますけど、配達員が犯人だって言うんですか? そんなの、あまりにも安直すぎます」
「安直な答えほど、真実に近いこともある。特に、嘘を塗り固めて生きてきた人間たちの周囲ではね」
柊さんは助手席で、証拠品として押収されたピザの領収書を指先で弾いていた。
「注文時間は二十時。長谷川が刺されたと推定される時刻の、わずか十分前だ。……店に着いたら、昨夜の担当者に会わせてもらおう。もちろん、警察の権限を使ってね。あ、僕のことは『超能力捜査官』とでも紹介しておいて」
「……普通にコンサルタントって言いますから」
到着した店舗は、どこにでもあるチェーンのピザ屋だった。私たちが警察手帳を提示し、店長に昨夜の配達員を呼び出してもらう。現れたのは、二十代半ばほどの、どこか影のある表情をした女性――相田里奈だった。
「……警察? 昨日の配達のことなら、もう話しましたけど」
里奈はエプロンで手を拭いながら、不自然なほど淡々と答えた。その指先が微かに震え、エプロンの裾を強く握りしめているのを私は見逃さなかった。
「里奈さん。君は運がいい。僕たちは君を疑いに来たんじゃない。……阿久津社長が殺されたことで、君の恋人の無実を証明しに来たんだ」
柊さんが一歩前に出て、彼女に優しく、けれど退棋を許さない笑みを向けた。
「……恋人? 何のことですか」
「長谷川くんだよ。……不思議だったんだ。あの豪邸から徒歩五分の場所に同じチェーンの別店舗がある。なのに、なぜ彼はわざわざ五キロも離れたこの店に注文を出したのか。答えは簡単だ。この店に、彼が『成功した自分』を見せつけたい相手がいたからだ」
里奈の顔から、一気に血の気が引いていく。柊さんは彼女の反応を待たずに、淡々と、けれど確実に逃げ道を塞いでいく。
「君は昨日ピザを配達しようとした。玄関に現れたのは、高級ワインを片手に、主人のふりをしてくつろぐ彼だった。……違うかい?」
里奈の喉が小さく鳴った。
「君は驚いた。自分が信じていた慎ましい恋人が、実はあんな豪華な家に住んでいる。理由を聞けば人々を騙して金を巻き上げる詐欺グループの主犯だった……。現場のピザが冷めきっていたのは、配達の直後に事件があったからに他ならない。裏切られたという怒りと、あまりの格差への絶望。君は、彼を問い詰める。そして、口論の末に……」
「……あいつ、笑ったんです」
里奈が、絞り出すような声で呟いた。
「『これが現実だよ。バカからお金を巻き上げるのが一番効率がいい』って。そんな奴と付き合ってたなんて……気がついたら、キッチンにあったナイフを手に持っていました」
「里奈さん。……手を出してください」
私が手錠を取り出そうとした時、柊さんがそれを手で制した。
「待って。南さん、彼女に一つだけ教えてあげなきゃいけない真実がある」
柊さんは、里奈の瞳をまっすぐに見つめた。
「里奈さん。君が刺した長谷川くんは、あの家の主じゃない。彼は貧しい、ただの使いっ走りの秘書だったんだ。……彼は、主人の不在をいいことに、君にいい格好を見せようとして、盗んだワインで主人のふりをしていただけなんだよ」
「……え?」
里奈の動きが止まった。
「彼は詐欺師ですらなく、詐欺師の影に怯えるただの小悪党だった。君が壊したかった強欲な成功者なんて、あそこには最初からいなかったのさ。……彼は最後まで、君に嘘をつき通すことすらできない、中途半端な男だったんだよ」
里奈はその場に崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。自分の人生を狂わせた「悪の巨塔」を倒したつもりで、その実、虚勢を張っていただけの愛する人を殺してしまったという、あまりにも皮肉な結末。
「……南さん。連れて行ってあげて」
柊さんは、泣き崩れる彼女から視線を外し、退屈そうに空を見上げ、私のコートの肩についた小さな埃を指先で払い、ふっと微笑んだ。
「さて。亡霊の阿久津さんには、いつ復活してもらう? 彼、取調室でそろそろ自分の今後の身の振り方を計算し始めている頃だろ」
私は彼の冷徹さと、その裏にある歪な優しさに、またしても言葉を失った。嘘を暴くことが、必ずしも救いにならない。
遠くで、パトカーのサイレンが鳴り響いていた。
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