そうしていくつかの冬を越え、また新しい冬を迎えた頃。俺はようやっと突き止めた恩人の住処の前で石像のように固まっている。
肉体は成体に程遠いものの、幼体でも自分の身を守ることができるくらいまでには力を操れるようになったし、怪しいところのあった人体への変化もレウさんやコンちゃん監修の元、完璧にこなせるようになった。
そうしてオールパーフェクトを迎えた俺が恩返しにと選んだ品は、人間がこぞって欲しがる物。
「こんにちは、恩返しに来ました…こんにちは、恩返しに来ました……」
手元できらりと光るのは雫型の結晶。
魔竜の鱗に魔竜の持つ魔力を込めることで出来上がる物で、一昔前に俺がいた群れを崩壊させた人間はコレが欲しくてそんな凶行に走ったと教えてもらった。
そんなこんなで現在のこの地に魔竜はほとんど生息していないらしい。
これだけ上等な品であれば、あの時の人間もきっと仲良くしてくれるに違いない。
「ふぅぅ〜………よし…」
「何してんすか、そんなとこで」
「ピャッ、〜っ!!!!」
慌てて振り返れば、あの時と同じ姿の男がたくさんの荷物を抱えて歩いてこちらに向かっていた。
木を削って作られたお面をつけていて顔こそ見えないものの、トゲの無い優しい声と独特な気配は何一つ変わっていない。
「で?何してんの」
「ア、アノ…恩返シ、シタクテ……!」
「……それで?」
「コレ!……ドウゾ」
俺の手のひらに乗っているものを見た途端、男の表情がピシリと固くなった。
「これは…受け取れないかなぁー……」
「ナンデ…!?」
喜んで受け取ってくれると思ってたのに…!
愕然とした表情で固まる俺を見て、言いにくそうに頬を掻いた男の視線は落ち着きなく左右に泳いでいる。
「あー…お父さんとお母さんに聞いてみ?」
「…イナイ」
「え?」
俺に親なんていない。
一緒にいた群れの仲間はバラバラになって地面に引き摺り下ろされて、その後のことは知らない。
そう言えばいいのに口がパカパカと開閉するだけで声が出なかったのは、自分でも後ろめたい思いがあると分かっているからだろう。
仲間である群れの安否を知ろうともしなかった俺は、きっと薄情で冷たい心の持ち主だから…優しい彼が聞いたら幻滅する。
「…そっか」
「ン」
何も言わずに頭を撫でると、男は小屋の扉を開けた。
木の軋む音が聞こえて顔を上げると男が手招きして俺を見ていた。
「?」
「寒いでしょ。ちょっと休んだら帰んな」
「…ンー……」
きょーさん達に遅くなるって言いに行く…?
あぁでもそんなことしていたら日が暮れちゃう。
初めて俺だけの友達ができるかもしれないんだから、あとちょっとだけなら許してもらえるハズ…たぶん。
どうしても、あと少しだけお喋りしたい。
「帰る場所ある?」
「アル」
「よかった」
小さな小屋の真ん中には囲炉裏があって、その中で火がぱちぱちと音を立てて燃え始めていた。
火に手を翳せば、かじかんでいた手はじんわりと熱を帯びていく。それでもまだ赤くなっている指先を見た男は、むっと眉を顰めると両手でぎゅっと俺の手を握った。
「アッタカイ…外、スゴイ寒イノニ…」
この地域は冬になるといつも大雪が降る。タンポポの綿毛みたいな大きな雪がふわふわと降る様子は好きだけど、肌を突き刺すような寒さが嫌で長いこと外にいたくない。
「きょーさんが、人間は寒くても暑くてもシンジャウって言ってた…」
「あー……人によりけりなんじゃない?」
「?」
「個体差があるってコトよ」
「フーン」
個体差…個体差…この男は寒さに強い個体なのかもしれない。
それじゃあ、暑い日は溶けてしまうのでは?
嫌な妄想が頭の中で繰り返し再生され、そろそろ十五回を超えたあたりで男がチラリと俺の顔を見て遠慮がちに口を開いた。
「あの、俺っていうか、ほとんどの人間は暑くても溶けたりしないからね?」
「……ヘ?」
「暑くても倒れて動かなくなるだけ。人間が死ぬ…いや、生き物全般かな。生き物が死ぬときは、みんな眠ったみたいに死んじゃうんだよ」
「…ソウナンダ」
眠るように死ぬ…俺は生き物が死ぬ様子を見たことはない。
死んでからしばらくした後の姿を見たことはあるけど、目の前で消えゆく儚い命を眺めたことがない。
それは、どんな気持ちになるんだろう。
そんなことをぼんやりと想像していたら、男が思い出したようにポンと膝を叩いた。
「…あ、名前。名前聞いてなかった」
「ミドリイロ…緑色の目をしてるから、緑色」
何度か俺の名前を口にした男は「いい名前だね」と呟いて、木目の綺麗な青いお面に手をかけた。
サラリと珍しい青い前髪が揺れる。
「俺はらっだぁ。ただの、らっだぁだよ」
夜を迎える前の冬の空。
そんな詩的な表現が似合う、深い深い青がオレンジ色の火の光を取り込んでキラリと一瞬輝いたように見えた。
こうして、恩返しに来た俺は恩人の男…
らっだぁと知り合った。
ー ー ー ー ー
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