新たな仕事を引き受けることにしたシンノスケは早速契約手続きを済ませることにした。
「荷物の積み込みは明日、出航は明後日ですね。今回運んでもらう穀物の種子について、特に運送時の注意事項はありません。専用のコンテナに入れられていますので厳重な温度管理等も必要ありませんが、一応、マイナス20度からプラス80度までが許容範囲です。通常に与圧された空間なら問題ありません」
輸送する荷物についての確認事項と契約内容を確認し、承認して契約手続きを済ませる。
後は準備を整え、ダムラ星団公国に向かって出航するだけだ。
「それでは、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいシンノスケさん」
笑顔のリナに見送られ、シンノスケは組合を後にした。
シンノスケがドックに戻るとケルベロスのガトリング砲の取り付け作業はほぼ完了しており、最終調整を残すのみ、補充のミサイルも到着して装填作業が行われている。
支払いの目処が立ったので、とりあえずサイコウジ・インダストリーの営業担当者にガトリング砲とミサイルの代金の支払いを済ませてしまう。
荷物を積み込めば後は出航するだけだ。
2日後、修理と補充を終えたケルベロスは予定通りダムラ星団公国に向けて出航する。
「ダムラ星団公国までは2回の空間跳躍が必要で、それでも片道2週間の行程だ。初めての航路だから気を抜かずに行こう」
「了解しましたマスター。因みに私には抜くような気というものは・・・」
「1回目の跳躍ポイントまでは7日、その後通常航行で3日、2回目の跳躍をして、4日だ」
マークスを無視して行程を再確認するシンノスケ。
サリウス州中央コロニーの管制区域を出たケルベロスはその後何のトラブルも無く航行を続け、1回目の空間跳躍ポイントに到着した。
「さて、最初の空間跳躍だ」
「はい。座標計算は終了しています。跳躍先の座標を固定。何時でもいけます」
「了解。それでは跳躍突入速度まで艦を加速させる」
シンノスケはスロットルレバーを一気に押し込んだ。
ケルベロスが限界近くまで加速する。
「跳躍突入速度に到達しました。跳躍ポイント接近、カウントダウン開始します。5、4、3、2、1・・」
「よしっ!ワー・・」
「跳躍突入!」
ケルベロスは1回目の空間跳躍に入った。
宇宙船の航行の方法には3種類ある。
操縦士の操縦や自動航行システムによって航行される通常航行。
通常航行の速度を遥かに超えて目標地点まで一直線に航行する超高速航行。
そして、2つの地点間の空間を跳躍して一瞬で移動する空間跳躍。
宇宙船はこの3つの方法を駆使して航行する。
広大な宇宙空間とはいえ、異常重力帯の存在や磁場等の影響で航行不能な宙域も多く、宇宙船が航行できる航路には制限がある。
また、超高速航行は操縦士の操縦や船の自動制御も追いつかない程の速度で進路を固定して一直線に進むため、進路上が完全にクリアーなことが条件で、万が一にも小惑星やスペースデブリ、他の宇宙船に衝突したら大惨事だ。
一方、空間跳躍も跳躍開始地点と到達地点間の高度な座標計算が必要で、その2点の空間の条件が一致しなければならず、空間跳躍が可能な宙域は他の2つの航法に比べて更に限られている。
超高速航行や空間跳躍が可能な宙域は宇宙軍や航路局の観測船により徐々に広がっているが、それでも宇宙空間のごく一部の宙域に過ぎない。
つまり、超高速航行や空間跳躍には多くの制限があり、決して万能ではないため、宇宙空間を航行する宇宙船はその大半を通常航行で航行する必要があるのだ。
とはいえ、色々と制限はあるが、空間跳躍は行ってしまえば一瞬で目標地点まで移動する。
1回目の空間跳躍から2回目の空間跳躍のポイントまでは周辺に人が住む惑星やコロニーは無く、万が一事故にでも遭遇しようものなら救難信号を発しても助けが来る可能性は低い危険な宙域だ。
そんな宙域ではあるが、シンノスケ達は何のトラブルも無く次の空間跳躍ポイントまで到着する。
「2回目の空間跳躍ポイントに到着。座標計算完了、座標固定」
「了解。跳躍速度まで加速する」
「カウントダウン、5、4、3、2、・・・」
「よしっ・・・」
「跳躍突入!」
「・・ープ!」
ケルベロスは2回目の空間跳躍を行った。
サリウスを出航し、2回の空間跳躍を経てケルベロスはダムラ星団公国首都星にある軌道ステーションコロニーに到着した。
軌道ステーションコロニーにあるダムラ星団公国の商船組合で輸送してきた荷物を引き渡し、契約完了の手続きを済ませたシンノスケは早速レアメタルの取引に取りかかることにする。
とはいえ、自由商人になったばかりの全くの素人のシンノスケには当ても伝手もない。
「やはり組合を通して買い手を探した方がいいな」
「そうですね。その方がリスクも少ないでしょう」
そんなわけで商船組合にレアメタルの買い手を探していることを伝えてケルベロスに戻ったシンノスケとマークス。
半日と待たずに商談希望の連絡が来た。
「連絡してきたのはどんな相手だ?」
シンノスケの問いにマークスはデータベースを調べる。
「レイヤード商会。ダムラ星団公国では中規模の商会でレアメタル等のエネルギー資源を中心に取り扱っているようです。自由商人の間ではあまり評判の良くない商会ですね」
シンノスケもデータを確認してみるが、反社会的ではないものの、阿漕な商売で悪い評判が目立つ。
「これは、初っ端の商談の相手にしては手強くないか?」
「そうですね。しかし、他の企業からの申し込みは今のところありません。ひょっとするとレイヤード商会が裏で手を回しているのかもしれません。それでも、他の企業からの申し込みが無いならば、レイヤード商会に会ってみるか、諦めて帰るかしかありませんね」
始めての商談にしてはハードルが高いが、自由商人として生きていくと決めた以上はこのような相手と対峙することは避けられないだろう。
「やらずに成果が出ないより、やってみて、失敗してもそれを経験としたほうが有意義だな。グレンさんに貰ったレアメタルで元手が掛かっていないから損をすることはない。ならばやってみよう」
シンノスケはレイヤード商会との商談に臨むことを決意する。
「分かりました。アポイントメントを取ります」
マークスが連絡を取ると、案の定直ぐにでも会いたいということで指定されたレイヤード商会に赴くことにした。
レイヤード商会は商船組合から10分程歩いた場所に事務所を構えていた。
外観は古びた建物だが、中に入ってみると掃除が行き届いて清潔が保たれており、出入口付近には事務応接用の女性型ドールが待機している。
「アクネリア銀河連邦サリウス恒星州の自由商人カシムラです。商談に参りました」
相手のテリトリーに入ったからには商談は既に始まっている。
シンノスケは隙を見せないよう仕事用の口調で待機していたドールに取り次ぎを頼む。
「承っております。シンノスケ・カシムラ様ですね。ご案内します」
案内されて応接室に入ってみると、そこにいたのは壮年の1人の男性だった。
「お待ちしていましたカシムラ様。初めまして、当商会会長のレイヤードです」
まさかの会長自らのお出ましだ。
しかも、嫌らしいと印象を受けかねない笑みを隠そうともせず、値踏みするようにシンノスケを見ている。
「アクネリア銀河連邦サリウス恒星州の自由商人のカシムラです」
「ようこそおいでくださいました。どうぞお掛けになって楽にしてください」
とりあえず無難な挨拶を交わし、勧められたソファに座るが、楽になど出来ようはずもない。
因みにマークスは座る必要も楽にする(なる)必要も無いのでシンノスケの背後に立っている。
先程のドールがコーヒーを運んできてシンノスケの前に置いた。
コーヒーはおろか何かを口にすることのないマークスの分まで用意されているのは相手の牽制か、心配りか、判断がつかない。
(予想はしていたが、一筋縄にはいかないな)
自由商人として、シンノスケの始めての商談が始まった。
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