テラーノベル
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「キコン、キコン」
軽快な電子音が店内に響いた。
その音とほぼ同時に、背中にギグバッグを背負った女の子が、勢いよく店の中へ駆け込んでくる。
「あら、リナちゃん。まだ入りの時間まで一時間もあるわよ?」
商品棚を整理していたバイト先のおばちゃんが、顔を上げて目を丸くした。
「お疲れ様です!」
リナはチラリとおばちゃんに視線を向け、ペコリと頭を下げる。
けれど、その足は止まらない。まるで何かに追い立てられているかのように、そのまま店のバックヤードの事務所へと駆け込んでいった。
◇
「店長!」
バンッ! と勢いよくドアが開く。
「煙草の吸い方、教えてくださいっ!!」
「っのわぁ!?」
PCモニターに向かい、本日の売上を確認していた店長は、文字通り飛び上がった。口に咥えていた加熱式タバコが、ぽろりとデスクの上へ転がり落ちる。
「ど、どうしたの急に……?」
「私っ! どうしても今日中に、煙草を吸えるようになりたいんです!!」
「吸えるようになりたいって言われてもねぇ……」
店長は落ちた加熱式タバコを拾い上げ、ハンカチで丁寧に拭いながら困った顔をした。
「そんな身体に悪いもの、無理して覚えるもんじゃないよ?」
ドンッ!!
机に勢いよく手をつき、身を乗り出してリナは店長に詰め寄った。
「不健康だろうが、なんだろうが……!」
真っ直ぐに店長を見つめる瞳には、冗談も勢い任せの軽さもない。
「吸いたいものは、吸いたいんです!」
「……そうは言われてもさぁ」
店長は困り果てたように頭を掻く。
「君、まだ未成年でしょ?」
その瞬間。待ってましたと言わんばかりに、リナの口元がニヤリとつり上がった。
「……フフン」
ポケットから取り出した普通自動車免許証を、ドヤ顔で突きつける。
「今日から晴れて二十歳です!!」
「……はぁ、そうですか……」
逃げ道を塞がれた店長は、観念したように深い溜息をついた。
◇
「ゲホッ! ゴホッ、ゴホッ……!」
「だから言ったでしょ! そんな勢いよく一気に吸い込んじゃダメだって!」
苦しそうに息を整えるリナの様子に、店長は眉間を押さえた。
「そんなに今日すぐ吸えるようにならなきゃいけないの?」
「今日、吸えるようになりたいんです」
リナはきっぱりと言い切った。
「うーん……」
店長は頭をガシガシと掻く。
「正直、若い子に勧めるようなものじゃないし……無理に吸わせてるみたいで罪悪感がすごいんだけどなぁ」
そうぼやきながら、自分の加熱式タバコを再び口に咥えた。
「とりあえずさ……こういう、煙も匂いも少ないやつじゃダメなの?」
「電子タバコじゃ意味ないんです」
即答だった。
リナはぎゅっと手の中の煙草の箱を握りしめる。
「この……煙草じゃなきゃ、ダメなんです」
「……」
店長の視線が、その箱へ落ちた。
フィルターすら付いていない、無骨な両切り煙草。タールもニコチンも重く、とても初心者が気軽に手を出していい銘柄とは思えない。
店長はリナの手元から視線を上げ、必死な眼差しで自分を見つめる彼女の真剣な表情を確認すると、肩をすくめて「やれやれ」と再びため息をついた。
ライブハウスの最奥にあるいつも賑やかな喫煙所。
今日はまだ誰もいなかった。
ヤニと湿気で少しべとつく革張りのソファに遠慮がちに腰を下ろすと、リナは上着のポケットからライターと箱を取り出し、ローテーブルの上に置く。
緊張で指先が小さく震える。
ぎこちない手つきで火をつけた。
ジリッ――。
小さな赤い光が先端に灯り、白い煙がゆらりと立ち上る。
バイト先の店長に教わったおかげで、「ふかす」くらいはできるようになった。が、しかし…
「……なんか、違う」
煙草を持つ手も、表情も。鏡に映る自分の姿は、理想の「大人っぽさ」には程遠い。
(少しでも近づきたい……)
そんな淡い願いを胸の奥へそっと隠し、ジリジリと赤く光る煙草の先端をぼんやり見つめていると、重い防音ドアの外から賑やかな歓声と足音が聞こえてきた。
ガチャリ。
ドアが開き、強い煙草と香水の匂いが室内に流れ込むと同時に黒のレザージャケットを羽織り、アッシュゴールドの髪を無造作にかきあげながら男が入ってきた。
「お疲れぇ…あれ、リナ?」
男は迷いのない足取りで近づいてくると、そこが自分の指定席であるかのようにドカリとソファに深く腰掛け、気怠げな仕草で長い足を組んだ。
いつもは遠くから見つめるだけの人が、同じ空間にいる。
近い。いつもより、ずっと近い。
男は慣れた手つきで自分の煙草の箱から一本引き抜くと、放るようにそれをローテーブルへ置いた。
まったく同じ銘柄のパッケージがふたつ並ぶ。
「お前……煙草なんて吸えたっけ?」
「……今日、誕生日なんです。二十歳になりました」
できるだけ大人っぽく、クールに。けれど、その声は少しだけ震えていた。
「へぇ、マジで? そりゃめでたいな。おめでとう」
男は咥え煙草のまま、フッと目を細めて笑った。
「じゃあ」
男は手に持っていたものを、リナの目の前へ差し出した。
トン。
冷えたコーラが一本、置かれる。
「誕生日プレゼント」
男はフーーーと紫煙を吐き出しながら、どこか眩しそうな目でリナを見た。
「それ、俺が好きなやつ」
リナはそっと煙草を灰皿へ押しつけて火を消すと、代わりに差し出されたコーラを両手で受け取った。
「……ありがとうございます」
ペットボトルの冷たさが、火照った指先へ心地よく伝わる。
リナは、小さく微笑んだ。
コメント
1件
第18話、読み終えました!リナちゃんが二十歳になって初めて吸う煙草、その理由が「憧れの人にちょっとでも近づきたい」っていう純粋な気持ちなんだろうなって伝わってきて、胸がきゅっとしました。店長に教わるシーンの緊張感と、最後に差し出されたコーラの優しさの対比がすごく好きです。まだまだこれからどうなるのか気になる展開ですね🌷
#いろいろ
さこ吉
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