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第11話:獅子の中
螺旋状の階段を、マシロ家の4人はゆっくりと下りていった。
空気はぬるく、鉄と土の匂いがした。
階段の壁には、何千本もの細い線のようなコードが這っていて、微かに青く光っている。
カナ(15)は先頭を歩きながら、無意識に手を握っていた。
ソウタ(7)の小さな指は、じんわりと震えていた。
「こわい?」
「……ちょっとだけ。でも、姉ちゃんがいるから平気」
後ろで父・タカユキ(40)と母・ユミ(38)も、黙って彼らを見守っていた。
それはまるで、この家族が一つの答えに近づいているかのようだった。
地下最深部に着くと、
そこには巨大な球体状の機械が鎮座していた。
中心には、白く光る中枢コア。
その周囲に立つ円卓には、何十もの記録装置が並んでいた。
そして、天井からは過去の記録映像が投影されていた。
映像には、無数の家族がいた。
泣き叫ぶ子供、武器を手にした親、
無表情で能力を提出する者、
凍る瞬間に祈りを叫ぶ者。
そして、画面の隅――
かつての“高次存在”たちが、
それらを笑いながら眺めていた。
「いいね、苦しむ家族ってやっぱ最高」
「今度は“信じ合ってたのに崩れる”パターン、やってみよう」
その声は、記録だとわかっていても、吐き気がするほど冷たかった。
円卓の前に、操作パネルがあった。
画面には、2つの選択肢が浮かんでいた。
継承する:この機構を再構築し、新たな“観察対象”を選ぶ
停止する:選定機構を永久凍結し、山を封鎖する
「どちらかを選べ」と、機械の声が言った。
だが、次の瞬間――
「選択には、全家族の同意が必要です」
静かに沈黙が落ちた。
ユミがつぶやく。「……“全員”って、ここにいる4人じゃないの?」
「違う。たぶん、“1人だけ、ここに残る”って意味」
カナがそう言うと、ソウタが一歩前に出た。
「ぼく、残るよ」
ユミが泣き崩れた。「だめ。そんなの、絶対だめよ……!」
ソウタは笑った。
「だって、ぼくの“祈り”がいちばん届いてたみたいだもん。
ぼくが残れば、きっとライオンも安心する」
父がソウタの肩を強く握った。
「……すまん。お前にそんな役目、背負わせたくなかった」
「じゃあ代わる?」
「……いや。カナを、ユミを頼む」
カナは声を上げた。「そんなの、選ばないって方法はないの!?」
画面が言った。
「“終わらせる”には、誰かが、ここに残り、観測の記録者となる必要があります。
意思は不要。ただ、“見続けるだけ”。それが、この世界の“最後の役割”です」
沈黙。
やがて、ソウタがパネルの前に立った。
「じゃあ、ぼくが見てる。姉ちゃんたちが笑えるようになったら、それでいい」
光が彼を包み、コアの中へ吸い込まれるように消えた。
選択は確定された。
停止処理、実行中。
記録者、認証。
獅子機構、終端へ。
そのとき、ライオン像の最後の映像が壁に浮かんだ。
雪に埋もれた顔。崩れた頬。
だが、その目だけが、わずかに緩んでいたように見えた。
それは――感謝のような、別れのような、やすらぎの表情だった。