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包丁を握る感覚だけが、僕を僕たらしめていた。
厨房の熱気、立ち上る出汁の香り
そして何より、僕が考案した「至高のソース」が黄金色に輝いているのを見て、僕は確信していた。
「よし…っ、明日のコンクール、これで絶対に優勝できる」
僕の隣で、親友の蓮が目を輝かせてその鍋を覗き込んでいた。
「すごいよ湊。お前はやっぱり天才だ。このレシピがあれば、俺たちの店を持つ夢もすぐそこだな!」
蓮の言葉が嬉しかった。
才能はあるが要領の悪い僕と、口が上手くて華がある蓮。
二人でいつか世界一のレストランを作ろう。
そう信じていた。
だから僕は、完成したばかりのレシピノートを、何の疑いもなく彼に預けたんだ。
「これ、蓮に預けておくよ。明日の朝、コンクール会場で渡して」
「ああ、任せとけ!」
それが、僕の人生が崩れることになる瞬間だった。
翌日、コンクール会場。
檀上でスポットライトを浴びていたのは、僕ではなく蓮だった。
「……今回、この独創的な一皿を作り上げた若き天才、蓮選手に拍手を!」
司会者の声が遠く聞こえる。
蓮の手元にある料理は、僕が昨夜完成させた、あの「至高のソース」を使ったものだった。
「……嘘だ」
声が出なかった。
僕のレシピが、蓮の名前で発表されている。
慌てて蓮のもとへ駆け寄ろうとした僕を、強引に呼び止めたのは店のオーナーだった。
「湊……お前、恥ずかしくないのか」
オーナーの目は、軽蔑に満ちていた。
その手には、僕の文字で書かれた「別のレシピ」があった。
それは、昨夜僕がボツにしたはずの、失敗作のメモ。
「蓮君から聞いたぞ。お前が彼のレシピを盗もうとして、失敗した挙げ句に逆ギレしてこのメモを押し付けたんだってな」
「え……? 違います!!盗んだのは蓮の方で……!」
「往生際が悪いぞ!蓮君のノートには、一ヶ月前からこのレシピの試行錯誤が書かれていた。証拠は揃っているんだ」
嘘だ。なんで信じてくれないんだよ。
呆然とする僕の視線の先で、表彰台から降りてきた蓮と目が合った。
彼は、一瞬だけ口角を上げた。
親友の顔ではない。
獲物を仕留めた、飢えた獣の笑みだった。
その後、僕は「泥棒」の烙印を押され、店を追放された。
それだけでは足りなかったのか
数日後、僕の住むアパートに、素性の知れない男たちが押し入ってきた。
「料理人としての命を奪っておけば、二度と蓮様に楯突くこともねえだろうよ」
冷たい声。
押さえつけられた僕の右手に、熱せられたフライパンの底が押し付けられる。
「あああああぁぁぁぁぁ!!!」
肉の焼ける嫌な臭い。
指先まで突き抜ける激痛。
僕の料理人としての未来が、ジュウという音と共に真っ黒に焦げて消えていった。
◆◇◆◇
暗い路地裏
包帯が巻かれた右手は、もう、震えてまともにナイフも持てない。
すべてを失った。
親友も、夢も、誇りも。
でも、心の中の火だけは、火傷の痛みよりも激しく燃えていた。
「……蓮。絶対に許さない…っ」
奪われたものは、すべて返してもらう。
利子をつけて。
お前がその偽物の玉座で、一番幸せを感じているその瞬間に。
僕は、真っ赤に腫れ上がった右手を強く握りしめた。
復讐の味は、これからじっくりと仕込んでやる。
エージェント67
#いじめ
#仕事