「まず最初から説明して。何があった」
大我の厳しい視線にたじろぐジェシーと慎太郎。それを見てか、机の上で組んでいた手を解いて訊き直す。
「別に責めてるわけじゃない。係長から免責されたわけでもないけど、説明はしてもらわないといけないから」
「…僕が発見したんです」
とジェシーが口を開いた。「2人で聞き込みに行った帰りに、八尾川に似た人物を見つけて。なんだか怪しかったから、尾行して。そしたら怪しい建物に入っていって…。突入してみたら、狩崎組の事務所だったんです。それで、まあ確信したんで撃って捕まえようとしたら主任が来て発砲するから…」
大我は気まずそうに咳払いをした。
「…部下の突飛な行動を止めるためのやむを得ない空撃ちだったからな」
僕も空撃ちのつもりでしたけど、と言おうとしたがジェシーは口をつぐむ。「パラシュートと思ったら、ただのナップサックでしたよ」
そんなことを言ってからりと笑う。一瞬、3人の間に風が吹き抜けた。
「うん?」
「本場のジョークの和訳です。良かれと思ってやったんですけど、っていう意味で…」
そんなことより、と襟を正す。「森本に責任はありません。全て僕の判断です」
そう言ったが、大我は「いや、こういうときは上司の責任になるからな。もしくは係長に押し付けるか…」
「逮捕のときは四課の奴も来たけど、動いたのは単独でうち。つまり班を統括する者の責任になる」
割り込んだのは高地だ。
「大我。総監にバレたくないでしょ?」
大我の視線が固まる。
「別にこっちの損失だけで済んだんだから、穏便にね。内輪で終わらせたほうがいい」
そう言われ、渋々うなずいた。
「俺…殉職した?」
ベッドの上の北斗が、目覚めたあと放った第一声はそれだった。横に座っていた樹は笑みをこぼす。
「なわけねーだろ。生きてるよ、松村巡査部長」
それに苦笑して起き上がろうとしたが、コルセットの巻かれた胸に鋭い痛みを覚えて北斗は顔をしかめる。
「あー、ダメだって。まだ麻酔切れたばっからしいから」
暴力団関係者の事件で逮捕現場で銃撃された2人は、警察病院の集中治療室にいる。
どちらも防弾ベストを着ていたが、北斗は胸に銃弾が当たった衝撃で肋骨が折れ、迷走神経反射で意識を失った。一方の樹は、当たったのが防御の効かない手首だったのだ。
「…お前は? 大丈夫なのか」
樹はその右手を掲げてみせる。包帯がぐるぐると巻かれていた。
「大丈夫かは知らないけど、縫ったらしいぜ。でも俺のほうが退院早いな」
一抜けだ、と言って片頬を上げる。
そこで、ふと北斗は真剣な表情になった。
「みんなは?」
「ああ、みんなは無傷だってさ。慎太郎はお前が命がけでかばってたし。今頃、主任に無断で突入した2人は事情聴取されてんだろうな」
じゃ、と言って腰を浮かせる。
「俺は一般病棟だから。早く来いよ」
そう残して集中治療室を出て行こうとする樹を、「なあ樹」と北斗が呼び止める。
「今回の件、なんで最初嫌がってたの? あんな表情見たことなかったからさ」
樹は背を向けたまま、小さくこぼした。「今もだよ」
「え?」
「できることなら四課だけで解決してほしかった。じゃなきゃ、俺が一課に来た意味がなくなるから」
「なんで…」
しばらくの沈黙。重い口を開いた。
「…俺は兄貴の背中を追いかけて四課に入った。班は違ったけど、たまに一緒にやって。でもある日、兄貴は恨まれてた暴力団の反撃に遭った。俺は逃げるためにここに来たんだよ」
左の拳が、わなわなと震えていた。
「お前はいいよな、ただ刑事への憧れだけで。俺はどこが目指してた場所だかわかんねぇよ…」
振り切るように樹は駆け出す。北斗は何も言い返せなかった。
続く
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