テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……ほんと、煽るな」
低く落ちたチャンスの声。
そのまま、ネクタイを引かれたまま――
一瞬だけ、動きが止まる。
エリオットはいつもの調子で笑っている。
「紳士なんでしょ?」
「……ああ」
「じゃあ――」
言いかけた、その瞬間。
チャンスが一歩踏み込んだ。
「っ、え――」
視界が揺れる。
次の瞬間には、エリオットの身体がふわっと浮いていた。
「……は?」
遅れて、声が出る。
両腕でしっかり支えられている感覚。
背中と膝裏に回された腕。
――お姫様抱っこ。
「ちょ、ちょっと待っ……」
エリオットが一気に顔を赤くする。
「なにこれ」
「紳士のエスコートだ」
さらっと言い切るチャンス。
そのまま、軽々と持ち上げたまま歩き出す。
「いやいやいや待って、降ろして」
「嫌か?」
「嫌っていうか――」
言葉が詰まる。
視線を逸らす。
「……恥ずかしい」
ぽつり。
さっきまであんなに余裕だったのに、声が小さい。
チャンスはそれを見て、わずかに口角を上げた。
「さっきまでの威勢はどうした」
「だってこれは違うでしょ……」
「何が違う」
「距離が……」
言いかけて、言葉を飲み込む。
近い。近すぎる。
逃げ場がない。
チャンスの肩に軽く手をかけたまま、
どうしていいか分からなくなる。
「ほら、“姫様”」
わざとらしく呼ぶ。
「ちゃんと扱ってやってるだろ」
「……っ、そうだけど」
エリオットは視線を泳がせて――
結局、逃げるのをやめたみたいに、小さく息を吐く。
「……降ろさなくていい」
「ん?」
「そのままでいいから」
観念したみたいに、少しだけ力を抜く。
でも顔はまだ赤いまま。
チャンスは一瞬だけ驚いて、すぐに笑う。
「素直だな」
「うるさい」
小さく返す。
その代わりに、さっきより少しだけ距離を詰める。
胸元に額が触れそうなくらいに。
「……重くない?」
「軽すぎるくらいだ」
即答。
エリオットは少しだけ目を細めて、
「そういうの、慣れてる言い方」
「気にすんな」
「するでしょ」
でも、そのまま離れない。
むしろ、ほんの少しだけ身を預ける。
沈黙。
部屋の静けさの中で、呼吸だけが近い。
チャンスはそのままソファの前まで来て――
ゆっくりと、下ろす。
けど、すぐには離れない。
距離が、そのまま残る。
「……なぁ」
低く呼ぶ。
エリオットが顔を上げる。
まだ少し赤いまま。
「なに」
「煽るなら、覚悟しとけ」
一瞬の沈黙。
エリオットはそれを聞いて――
少しだけ笑った。
さっきより柔らかく。
「……今のは」
小さく息を吐く。
「ちょっと効いたかも」
正直な一言。
チャンスは目を細める。
「だろうな」
「でもさ」
エリオットはそのまま、またネクタイに手をかける。
今度は少しだけゆっくり。
「まだ負けてないから」
距離は近いまま。
ゆゆゆゆ
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!