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#契約結婚
草原草原

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#王道
涙乃
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#ざまぁ
草原草原

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「十七時半、八重洲から丸の内二丁目。毎週金曜です」
柏木室長が、タクシーチケットの使用記録を、社長の机に並べた。
「堂島常務の秘書の名前で、過去三か月、十二回。行き先は、どれも同じ住所です。御影キャピタルの入っている煉瓦ビルと、番地が一致します」
まどかの噂は、紙になると、急に重さを持った。
社長は記録を一枚ずつめくり、最後の一枚を伏せた。
「堂島を呼べ」
*
四十三階に呼ばれた堂島常務は、白いソファにどかりと座り、太い脚を組んだ。
葉巻の匂いが、社長室の空気に混ざる。
「坊ちゃん、俺も暇じゃねえんだがな」
「四十二億だ」
社長が言った。
「三人に、違う数字を渡した。御影の公開書簡に載ったのは、君に渡した数字だった」
常務は、一瞬だけ黙った。
それから、膝を叩いて笑った。
「なるほどな。嬢ちゃんの入れ知恵か。面白えことするじゃねえか」
私は、眼鏡を外して、常務の正面に座った。
「堂島常務。はい、か、いいえで、お答えください」
「おう」
「常務は、修正版の利益計画を、御影代表に渡しましたか」
「いいや」
常務は、私の目をまっすぐに見た。
「俺は、御影に何も渡しちゃいねえ」
三秒。四秒。五秒。
太い眉も、日焼けした頬も、ぴくりとも動かない。
輪郭は、一本の線のままだった。
ぶれない。
室長が、タクシーチケットの記録をローテーブルに置いた。
「では、常務の秘書の方が、毎週金曜に丸の内へ届けているものは、何ですか」
「私信だ」
常務は、記録を見もせずに言った。
「あのビルには、俺の古い友人の事務所が入ってる。ゴルフの仲間だ。スコアカードだの、旅行の写真だのを届けさせてる。悪いか」
「その封筒に、何が入っていたか、ご存じですか」
私が聞くと、常務は肩をすくめた。
「封筒の中身なんざ、俺は見ちゃいねえよ。秘書に任せてる」
一本の線。
私は、膝の上で、眼鏡を握りしめた。
ぶれない。
この人は、御影さんに会っていない。御影さんに、何も渡していない。封筒の中身も、見ていない。
全部、本当だ。
なのに、四十二億は、丸の内に届いた。
「用がそれだけなら、帰るぜ」
常務は、ソファから大きな体を起こした。扉の前で振り返り、片目をつぶってみせる。
「坊ちゃん。証拠ってのはな、人の顔じゃなくて、紙で持ってくるもんだ」
扉が閉まった。
葉巻の匂いだけが、白いソファの上に残っていた。
*
「秘書を呼んで、問い詰めますか」
室長が、硬い声で言った。
社長は、首を横に振った。
「今、秘書を締め上げれば、堂島は秘書一人を切って終わらせる。私信だと言い張って、それで終わりだ」
「では」
「泳がせる」
社長は、窓の外を見た。
「堂島が、数字を漏らして何を得るのか。それがわかるまで、手を出すな」
室長が出ていくと、社長室には、私と社長だけが残った。
私は、握ったままだった眼鏡を、ようやくかけ直した。
「すみません。読めませんでした」
「君は、読んだ。全部、一本の線だったんだろう」
「はい。だから、読めなかったのと同じです」
自分の声が、少しだけ尖っていた。
「常務は、嘘をついていません。ただ、本当のことの選び方が、うまいんです。誰が渡したか、誰が見たか。そこだけを、きれいに外して」
社長は、しばらく黙っていた。
窓ガラスに、午後の雲が映って流れていく。
「言わないことは、嘘ではない」
社長は、窓のほうを向いたまま言った。
「……だが、正直でもない」
その横顔を、私は見ていた。
三秒。四秒。
一本の線。
誰のことを言っているのか、聞こうとして、やめた。社長はもう、次の書類に手を伸ばしていた。
*
その日の午後、浅井社長が、自分から四十三階に上がってきた。
アポイントはなかった。受付で三十分、待っていたらしい。
白いソファに座るなり、浅井社長は、膝に両手をついて頭を下げた。
「先日は、嘘を申し上げました」
声が、かすれていた。
「御影さんには、一度だけ、会いました。先月、私のほうから連絡して」
浅井社長は、ゆっくりと話した。
堂島常務に、言われていたこと。フーズが売られたら、真っ先に切られるのは工場の連中だ。会社を守りたければ、俺の言うとおりにしていろ。工場の取引先のことにも、口を出すな。
怖くなって、御影さんに会いに行った。もし売られたら、社員はどうなるのか。それだけを聞きに。
「数字は、何も渡していません。それだけは、信じてください」
「御影さんは、何と」
「売却先には、雇用を守る条件をつける、と。……あの人は、笑って、そう言いました」
私は、眼鏡を外さなかった。
この人が、今、嘘をついていないことは、もう顔を見なくてもわかる気がした。
あの日の時間稼ぎの答えは、数字を守るためではなかった。堂島常務に言われたとおりにしていなかったことを、隠すためだったのだ。
浅井社長が帰っていくと、社長は短く言った。
「工場の取引先、か」
それきり、また書類に目を落とした。
*
給湯室で、マグカップを洗っていた。
蛇口の水が、指の間を流れていく。
俺は、御影に何も渡しちゃいねえ。
本当だ。渡したのは秘書だから。
封筒の中身なんざ、見ちゃいねえ。
本当だ。中身を確かめずに、封をさせたから。
御影とは、一度も会ったことがねえ。
本当だ。会う必要がなかったから。
一つも嘘をつかずに、あの人は全部を隠した。
言葉を選べば、事実の一部だけを並べれば、人は嘘をつかずに人を騙せる。
そして、私の目は、それを見抜けない。輪郭は、一本の線のまま。
蛇口を、止めた。
頭の中で、別の声が鳴っていた。
瀬名灯という名前は、今朝の懲戒委員会の資料で、初めて見た。
予約のとおりだ。
瀬名灯には、会ったことがない。
全部、一本の線だった。全部、本当だった。
けれど、全部、少しだけ言葉の選び方が不思議だった。
名字を付ける。予約に任せる。見た、と言って、知っていた、とは言わない。
もし、あの人が。
堂島常務と、同じことをしていたら。
マグカップが、手の中で滑りかけた。
私は、それを両手で握り直した。
考えすぎだ。あの人は、嘘が下手な人だ。偶然だ、と言うときでさえ、こちらを向けない人だ。
そう思うのに、指先の冷たさが、いつまでも抜けなかった。
*
その夜、社長は珍しく、予定表に「直帰」と書いて先に帰っていた。
三日間、ほとんど寝ていないのを、私は知っていた。エレベーターホールで私を待ったあと、毎晩、書斎の扉の下から、明け方まで明かりが漏れていたから。
八時すぎ。目黒川沿いの家の玄関を開けると、中は暗かった。
「……社長?」
返事はなかった。
リビングの明かりをつける。
白いソファの前の床に、社長が倒れていた。
上着も脱がず、ネクタイも締めたまま。片腕が、ソファの座面に引っかかるように投げ出されている。
「社長!」
駆け寄って、肩に手をかけた。シャツ越しに、体が熱い。
額に、手のひらを当てた。
火のようだった。
その瞬間、手首を掴まれた。
熱い指だった。外そうとしても、外れない。パーティの夜と同じ、強くはないのに、外せない力。
社長は、目を閉じたままだった。眉の間に、苦しそうな皺が寄っている。
唇が、かすかに動いた。
「……あのときの」
かすれた声だった。
私は、彼の口元に耳を寄せた。
「……ハンカチ……まだ、持ってるか」
コメント
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いや〜待って、第24話も最高すぎた!!😭💕 堂島常務の「嘘をつかない嘘つき」エグかった…全部本当のこと言ってるのに全部隠してるって反則じゃない?! まどかの「読めなかった」って悔しそうな声が聞こえてきそうで切なかったよ。 でも最後の社長の「ハンカチ…まだ持ってるか」で一気に胸がキュッとなった…! 熱でうなされてる時に出ちゃう本音とか反則でしょ〜!!😭💕 ふたりの過去になにか隠れてる感じすごくいい。次回も絶対読む!!