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Side彼女
調子が悪いんだ。
あの最後の挨拶を聞いて、すぐに分かった。
ベッドの中で携帯から流れてくるラジオを聴くのが毎週末のルーティーン。
彼は上手くごまかしたつもりかもしれないけれど、私はちょっと引っ掛かった。
生まれつき心臓が弱い樹くん。
でも大人になってからはほとんど支障はなく、芸能生活も不自由なく送れている。
だけど何となく最近ぶり返してるんだよね。彼はついこの間そうこぼした。
「ただいま」
声だけは平静に聞こえるが、リビングに入ってきた彼はシャツを握っている。
「座って。今薬持ってくる」
ソファーに沈み込むその表情は冴えない。
念のため常備している痛み止めとコップを渡す。「薬、仕事にも持って行ったほうがいいね」
「ああ…」
苦しげに答え、錠剤を飲みこんだ。
「…なあ、ラジオで気づいた? 最後痛くなったところ」
「もちろん」
当たり前のように言うと、彼は切なく笑う。「何でもお見通しだな」
私は立ち上がり、テレビの横のオーディオ機器のスイッチを入れる。これは音楽好きの彼のものだ。
こういう日はバラードを聴きたがる。心拍数に合わせてゆっくりとしたテンポが良い、と言う。
お気に入りの曲を掛けると、「やっぱいいね」と微笑んだ。
そして「座って」と言うようにソファーの隣をトントンとする。
「もう大丈夫?」
心配して聞くと、「うん」とうなずいた。
そっと彼を抱きしめる。細身だから腕が余るくらいだ。
「俺の心臓の音聴いて」
私は胸に顔をうずめるようにして耳を澄ます。鼓動はすっかり落ち着いていて、安堵した。
生きている。ちゃんと確認できて、言葉に言い表せないような幸せが溢れてくる。
いつまでもこうしていたいくらいに気持ちがよくて愛おしいのが、この時間。
「大丈夫だよ」
自然と、唇を彼の頬に近づける。温かい肌の感触があった。
「ん」
少し見開かれた目。ふふ、と笑みがこぼれる。
「お返し」
ほんの僅かだけの口づけ。あっさりしているのが彼らしい。
「君からなんてらしくないな。…ドキドキさせんなよ、心臓に悪い」
ちょっと低い声とともに至近距離で吐息がかかる。
「樹」
めったにしない呼び捨てに、彼は驚いたようにぴくりと反応する。
「ドキドキさせてるのは、あなたのほうでしょ」
終わり