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私とリュゼは学校に戻った。こっそり抜け出したが、結局のところバレることはなかった。
リュゼはいらついていた。
「だってお姉様が!」
と、舞踏会で私がヴァイスに蔑ろにされ、さらに聖女をいじめていたと『事実とは異なる』ことが周囲に広まったことを不安がっていた。
「このままお姉様が罰せられるようなこと、ありませんわよね……?」
「大丈夫よ、リュゼ。私は大丈夫」
彼女の不安は的中することになる。私は王城に出頭を命じられ、断罪される。そういう筋書きなのだ。
まったく不安がないと言えば嘘になる。国王陛下には事実をほのめかしているとはいえ、彼でも抑えられないほど周囲が私への断罪を動けば、最悪処刑される可能性もある。
そこまではない、と言いたいところだけれど、残念ながら確定ではない。ループを繰り返したから、大まかな予想は立てられても、何かのフラグが入っていて、想定外の事態が起こることも往々にしてあるのだから。
翌日、私は王城からやってきた騎士に、出頭を命じられた。……これで卒業式には出られないわね。学校のクラスメイトたちにも、もう会わないでしょう。
結局、アッシュにも会わずに、私は騎士と兵士に護送された。断罪イベントに彼の姿はなかったはずだから、今生の別れになってしまったかもしれない。
最後に一言、いえ、一目だけでも見ておきたかったわ。
敷かれたレールを走っている私だけれど、せめて見送りの時間くらいほしかったわね。
さあ、仕上げだ。
と言っても、もう私にできることなにもないのだけれど。
「アイリス・マークス。お前が聖女を貶めていた事実は明白である」
ゲオルク・オルトリング国王陛下は、淡々と文章を読み上げるような調子で言った。
以前遊びにきた紳士ではなく、一国の王の威厳をまとっている。
王座の間。居並ぶ貴族。本来はいるはずの父だが、この場にはいない。陛下が配慮してくださったのだろう。
ヴァイス王子がいて、聖女であるメアリーもここにいる。
「我が息子、ヴァイスの婚約者でありながら、国に繁栄を繁栄をもたらす聖女に対する軽挙な振る舞い、暴言。あまつさえ暴力に訴えた罪は見過ごすことはできぬ」
そこで国王陛下は、一息ついた。
「ケーニライヒ王都学校であった聖女の襲撃も、お前が実行したと証言がマークス家よりあった」
なんと!――周囲がざわついた。なるほど、父マークス侯爵がいないのも、これか。いたら視線だけでも針のむしろになっていた。
「マークス侯爵より、お前の罪について告白があった」
それ、弟がやった。私の追放の企みには、同じく異世界転生して弟になっているアイツも巻き込んである。……渋ってはいたけれど、極刑ではなく追放で終わらせるため、と
言ったら了承してくれた。一応、姉貴の命の心配はしてくれているのだろう。
「言うまでもなく、聖女暗殺は大罪。本来ならば処刑するところだが……」
ギロリと国王陛下の眼光が光る。私は息を呑む。緊張の一瞬。何かの間違いで、本当に処刑エンドになる可能性だってあるのだ。
「聖女メアリーの嘆願もあり、助命する。彼女の慈悲に感謝するのだな」
またも起こるざわめき。
――処刑しないのか?
――聖女様は何と慈悲深いのか……。
などなどが聞こえてきたが、内心では私もホッとしている。もしここでメアリーが口添えしてくれなければ、私、処刑されていたかもね。
追放される令嬢ものでよくあるじゃない? 慕ってくれていたはずの妹や家族が、実は一番ヒロインを追放したがっていて、肝心のところで裏切るやつ。
この場合は放っておいても追放だから、仮に王子様と結ばれるためなら手段を選ばない娘だったりしても、快く私を追放に追い込んでくれたでしょうけど。
メアリーはそんな娘じゃありませんけどね!
国王陛下は言った。
「しかし、罪は罪である。よって、アイリス・マークス、お前を追放処分とする! 国外追放である。二度と、我が王国に戻ってくることは許さぬ!」
審判は下った。悪役令嬢は追放された! バンザイ! 私が夢見ていた追放エンドきたーっ!
「当然ながら、正式に我が息子、ヴァイスとの婚約を破棄となる! 二度と我が息子と聖女に近づくな!」
私は静かに頭を下げた。
婚約破棄。これでヴァイス王子は、聖女と婚約し正妻として迎えることができる!
「何か、申し開きはあるか? マークス家の娘、アイリスよ」
「ございません」
頭を下げたまま、冷静に答える。重荷がすべて消えた。嬉しい嬉しい嬉しい!
でも落ち着くのよ、私。私は侯爵令嬢。ここで無様な姿はさらせないわ。
周囲からは、私への冷ややかな視線が集まっている。
王国に安寧をもたらす聖女への狼藉を働いた者に同情の余地などないのだ。
「アイリス!」
ヴァイス王子の鋭い声が響いた。
私は視線をそちらに向ける。私のかつての婚約者が傍らのメアリーを守るように立っている。
「メアリーを傷つけたこと、それに対する謝罪はないのか!?」
非難の声。含まれる怒りで、彼が本気で私を敵と思っているのがわかる。冗談の通じない堅物王子。でもだからこそ、この茶番に真実味が出てくるの。
「ございません」
私は、はっきり、きっぱりと答えた。すべて計画通り。私は彼女に謝罪すべきことは……ああ、初日の腹パンだけはごめんなさいね。
何という態度――
厚顔無恥……!
周囲が騒がしい。聖女への暴力、暴言など、数々の罪を犯しながら、まったく悪びれないことに対する憤り。
「お前ッ……!」
「ヴァイス」
国王陛下の凜とした声が、周囲のざわめきを沈黙に変えた。
射すくめるような陛下の視線。しかし私を見たときだけ、わずかながら悲しみの色を見せた。
私はあらためて頭を下げた。そして次に、王子とメアリーの方へ向き、深々と頭を下げた。
どうぞ、お幸せに。
私は心の中で、二人を祝福した。
ヒロインと王子が結ばれるハッピーエンド。
悪役令嬢は静かに舞台から去るのみ。周囲のざわめきを余所に、私は胸を張り、堂々と退場した。
あの時、見た夢は、夢ではなかった。
後は、このままループが起きなければ、全て――
!?
すっ、と息をつく。
ループが起きなかった。これまで見たことがない景色が続く。
ああ、これで……。
込み上げてきたのは涙。王座の間でもピクリともしなかった表情、それを保つことができない。
やだなあ、婚約破棄された悪役令嬢が、ようやく取り返しのつかないことを自覚して泣き出したように見えちゃうじゃない。
違うのよ。地獄のようなループから解放されて、嬉し泣きしているだけなんだからね!