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「えっ? きゃぁぁあ!」
今度はガードしれずに、吹っ飛ばされる。そのまま勢い余って一回転。トップロープへ足を引っ掛けながら、うつ伏せにマットに落下した。
「うきゅぅぅうぅ………」
金のシャチホコみたいな格好でダウンする山口さん。
「え~と……大丈夫?」
「は、はい……名古屋城の屋根の上まで飛ばされた気分です……」
山口さんはモゾモゾと這い寄るように戻り、ゆっくりと立ち上がった。
「それで、どっちの方が威力があった?」
「それはモチロン後からの――左のソバットですよ」
「そっか……」
そりゃあ左のソバットで吹っ飛ばされたんだ。そう思っても仕方ない。
「でもオレは、どちらのキックも全力で蹴った。そしてオレは、手も足も右利きだ」
「えっ?」
「だから単純な威力で言えば、右の方が強かったはずだ。なのに、左の方が威力があった――じゃあ、右と左のソバットは何が違った?」
「えっ? えっ? 何が違ったかって……?」
予想外の質問に、あたふたと考え込む山口さん。
「え、え~と……違い? 違い? 何が違うのか……?」
「――間合いだろ」
二人の会話へ割り込むように、正解を暴露する第三者の声――
「と、智子さん……」
「お前の解説は回りくど過ぎ。あと、わたしの存在を無視し過ぎだ」
非難の視線を向けるオレをスルーして、今度は物理的に二人の間に割り込んで来る。
「え、えーと……間合い……ですか?」
鬼コーチを前にして、山口さんは少し緊張気味に尋ねる。
「そうだ。最初のソバットは間合いが近過ぎた。だから蹴りに力が上手く伝わらず、威力が弱くなった。しかし二発目は、お前が後退したことで間合いが開き、ちょうどいい間合いになったって事だ――つまりお前の悪い所ってぇのは、自分の間合いが分かってないって所だよ」
「間合いが……分かっていない……」
智子さんの言葉を噛み締めるように、反芻する山口さん。そんな山口さんに、智子さんは尚も言葉を続けた。
「ただ、この間合いってぇのは、口で説明して掴めるモノでも無ければ、頭で考えて分かるもんでもないんだ。ひたすら実戦の中で、身体に叩き込むしかない――そして美幸にしても愛理沙にしても、学生時代に乱取り稽古やスパーリングの実戦練習をして、実戦の試合を積み重ねて来た。だからその間合いも自然と身に付いている。しかし舞華……お前には、それがない」
うつむいて、悔しそうに唇を噛みしめる山口さん。
てゆうか、そんなキツイ言い方をしなくても……もう少しオブラートに包んで――
「だから佐野は、手っ取り早くお前へその間合いを叩き込むのに、お前が仕掛けた技と同じ技を返していたんだよ」
「えっ?」
うつむいていた顔を上げ、驚いたように目を見開く山口さん。少し潤んだ大きな瞳がオレの方へと向けられる。
「って、智子さん……なにもそんな事まで話さなくても……」
「別に隠すほどの事でもないだろ?」
「そりゃあ、隠していたわけではないですけど……まあ、間合いやタイミングを掴むのは、実際に食らってみるのが一番ですからね」
そしてこのやり方の効果は実証済み。ウチの大学のプロレス部じゃあ格闘経験のない新入部員は、まずこのやり方でボコボコにされるのが慣わしだ。
「特に佐野と舞華は身長が近いからな――厳密には佐野の方が低いけど」
智子さん、それは言わない約束よ……
「優月さんっ!!」
「な、なんでございましょう……?」
山口さんは、突然大きな声でオレの偽名を呼びながら詰め寄って来た。その迫力に、たじろぎながら後ずさるオレ……
「これから優月さんの事を、お姉様って呼んでもいいですかっ!?」
「ごめんなさい。それは勘弁して下さい」
「がーん! そ、そんな……」
脊髄反射的勢いで深々と頭を下げるオレに、ショックを受けている山口さん。しかし、いくらなんでもその呼び方は容認できないだろう……
「ふむっ、オネエ・様か……佐野にピッタリなんじゃないか?」
なんでわざわざ区切って、カタカナにするんですかっ!?
「それでオネエ・様。このあとは、どうする気だ? 随分と試合も中断しているぞ」
「その『オネエ・様』は、止めて下さい。それと――どうするかは山口さん次第だよ」
「わ、わたしですか?」
山口さんは突然話を振られ、キョトンとして自分の顔を指差した。
「そっ。山口さんが今日入団したばかりのようなヤツから偉そうな事を言われたくないってんなら、早々に勝たせてもらう。でもこのまま続けたいって言うなら、トコトン付き合う――だから山口さん次第」
元々この試合は、序列でオレが上になるのが納得いかないからと始まったものだし……
しかし山口さんは、オレの言葉に満面の笑みを浮かべた。
「そんなの聞かれるまでもありません! よろしくお願いしますっ!!」
深々と頭を下げる山口さん。それを見て、オレも口元に笑みを浮べた。
「上等っ! じゃあ、オレからはフォールには行かないし、ギブアップも取らない。そっちが音を上げるまで、仕掛けて来た技を返し続けて行くから――」
「待て待て。それじゃあ、あたしは必要ないんじゃないか?」
オレの出した条件に、顔をしかめるレフリー役の智子さん。まあ、確かにもう正式な試合とは呼べないし、レフリーは必要ないか。
「そうですね。あとは若い二人に任せて、年寄りは梅こぶ茶でも啜りなが、あべしーーっ!!」
目にも止まらぬ上段回し蹴りが、オレの顔面にヒット! そのまま一回転して、今度はオレがシャチホコ状態でダウンする。
「さ、さすが大林コーチ……わたし達があれだけ攻撃して、一発もクリーンヒットしなかったのに……」
いやこれは、ボケに対するツッコミは避けてはイケないという、日本人なら誰でも持つDNAに刻まれた業ゆえの結果である。
てゆうか、耳がキーンとしてるし……やはりプロレスラー相手にボケるのは命賭けだ。
あまりの衝撃に耳鳴りを起こしているオレの耳へ、コチラへと近付いて来る足音が届く。
顔を上げ、最初にオレの視界へ飛び込んで来たのは、長く綺麗な|御御足《おみあし》。更に視線を上げると、オレを冷ややかな瞳で見下ろす智子さんの視線とブツかった……
「佐野ぉ……最近『年っ!』のせいか、耳が遠くなってな。よく聞こえなかった。もう一回言って貰えるか?」
「|お嬢様《フロイライン》。『年』だなんてご謙遜を――」
オレは即座に立ち上がり、どこかの執事よろしく右手を胸にあてながら軽く頭を下げた。
「お嬢様、ずっと立ちっぱなしでお疲れでございましょう? あちらで皆様方とアフタヌーンティーなど楽しみながら、ごゆるりと見学下さいませ」
「ふんっ!」
鼻を鳴らしながらオレの前を通り過ぎ、ロープをくぐる智子さん。
「おおっ!? 本物のメイドさんみたいです」
「ええ、なかなかに優雅な立ち振る舞い。わたくしの家のメイドに欲しいくらいですわ」
「ああ、アキバ辺りのなんちゃってメイドとは、一味違うぜ」
ええぇぇ……本人は執事のつもりなんですけど……