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#料理男子
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ぐるぐると思考回路を迷いながら、初めて兄の家庭教師としてやってきた彼を思い出した。
ネクタイのないラフなジャケット姿。大学生だと言っていたけど、有名難関大学の医学生と聞いて驚いた。
親同士が仲が良かったのに交流がなかったのは不思議だったけど、受験勉強で忙しかったと聞いた。柔らかく笑う人で、目を細めてくしゃって顔全体で笑うのも素敵だった。
兄に教科書のページを指でなぞって教えている時、その指がすらりと伸びていて、綺麗でドキドキしてしまったのを覚えている。
低い声。笑うとちょっと掠れて色っぽかった。
兄の勉強のために来てもらっているのだから、私は遠慮しないといけないのにわざと見える位置でべんきょうしたりして眺めてしまっていた。
そう。ながめるだけ。
だからゲームのキャラクターに気持ちを重ねてしまったのかもしれない。
「試して、みたい」
でも見てるだけじゃない。
今は、触れている。指先が熱くて、やはり長い指先はセクシーで。
画面越しのゲームのキャラクターじゃない。
砂糖菓子みたいに甘い言葉を吐く彼は、間違いなく彼なんだ。
フッと笑われて近づいてきた彼は、その薄い唇を額に押し付けた。
もちろん眼鏡は当たらない。
「唇にしていいなら、するけど。でもその時はもう、離せなくなるけどいい?」
とっくに手を掴んで離してくれていないくせに。
とっくに心は掴んでいるくせに。
私が頷くと、歩道橋の柱の陰に引き寄せられる。
満月が落ちてきそうな夜だった。降りてきたのは、柔らかくて熱い熱。
私の熱と交わって、カラカラと枯れた落ち葉が地面を擦って飛んでいる寒い日なのに、温かく感じた。
彼は頭が良くて計算高くて打算的なくせに、優しくて蕩けるように甘い。
私はすでに逃げる気は奪われた。逃げる気は最初からなかったのかもしれない。
浸透してくる体温、触れる唇、熱い吐息。
時間が止まったように、私はそれらすべてを抱きしめ返した。
*
「えーっ 古舘外科ってあの駅前の!? カフェみたいなお洒落なロビーの! エントランスの噴水にお花が浮かんでるとこ!?」
「まあうちがデザインから携わったから、知ってるけども」
とんとん拍子で進んでしまい、結納の日にちが決まった時点で、私も覚悟を決めた。
正確には、口に出さないと現実味が湧かないので、友人でもあり仕事でこの先迷惑をかけてしまうかもしれないので伝えたまでだ。
なのに小春は、可愛い顔が台無しなほど大きな口を開けて驚いている。
顎が外れないか、見てるこっちがひやひやするレベルだ。
「古舘外科の、ストイックでクールな院長さん、合コンに全く来ないし女がいるのかと思っていたのに。そうか、お見合いか」
「……うん。親と食事するのかと思ったら、あの夜、顔合わせだったの」
いきなり結婚というと説明が面倒なので、二人でお見合いだと話を合わせることにしていた。
「くっそ。良い男は良い女を選ぶよなあ。紗矢なら身持ちが堅い、良家のお嬢様だし。参考までに決め手になったエピソードは」
「たまたまよ。偶々、タイミングというか、何もない冷蔵庫の中身で一品作ったのを見て、驚かれたせいだし」
嘘は言っていない。嘘は言っていないけど口止めもしていなかった。