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#料理男子
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仕事が終わるころには『南城紗矢は、野菜しか入っていない冷蔵庫からささっと七品作って、古舘外科医院の院長の胃袋を射止めた』というデマが会社中に広まっていた。
伝言ゲームもできない人間しかいないうちの企業に不安しかない。
このデマが、彼の元にまで届いたら、彼は笑い死ぬかもしれない。
本当、料理ぐらいはちゃんとしないといけない。
結納は一週間後に、ホテル『シャングリラ』というクラシックホテルで行われる。ロビーのステンドグラスが美しいホテルだけど、屋上に庭園ができたらしい。洋風のクラシックホテルの屋上に、日本庭園っておかしな話。
仲人を引き受けてくださる方がシャングリラのオーナーだから予約でいっぱいだったのに急遽貸していただけることになったようだ。
喬一さんがお世話になった人で、父の恩師だという。今時、仲人って聞きなれない言葉だからちょっと新鮮だったりする。
「さて。今日も定時に帰るからね!」
「あら、古舘さんったら張り切ってるね」
小春が椅子を回転させながら私のデスクにやってきた。
この友人の口の軽さに、頬を抓ってやろうかと思ったが今は帰るのが先だ。
「そう。彼の家を覗きに行くの。医院の後ろに家があるらしくて、私の荷物をいれるならどれぐらいの広さかちゃんと見ておこうかって」
「まあ、結婚前の男女が家に」
「そう。まあ喬一さんは今日は夜勤ですがね」
お借りした鍵を見せると、明らかに残念そうな顔をする。
露骨すぎるけど、ここまではっきり顔に出してくれる方が楽だ。
「そういえば、喬一さん、毎日お弁当持って来てたから、家に女がいるんじゃないかって医院の事務の子が言ってたらしいよ」
「お弁当? お姉さんじゃないかな」
「ああ、なるほど」
小春は納得してくれたけど、私はロッカーに戻って気づいた。
医院の後ろに家を建ててるのに、わざわざ呉服屋に戻ってお弁当を取りに行ったりするのかな。
もしかして、恋人がいる?
お弁当を作ってくれる恋人がいるのに、世間体を気にして私と結婚を進めてる?
打算的って言ってたけど、もしかして。
嫌な予感が胸を過ったと同時にロッカーに入れていた携帯がけたたましく鳴り出した。
こんな時に限って、マナーにし忘れていたらしい。
電話の相手は、田舎にいるおばあちゃんだった。
「もしもし、どうしたの? おばあちゃん」
『どうしたじゃないよ。あんた、お見合いしたんだってな』
電話の向こうのお婆ちゃんの声が拗ねている。
どこまで私の結婚話は膨れていってるんだろうか、不安になるレベルだ。
正確にはお見合いするはずが、お見合いする前に話がついたんだけど。
「うん。でもどうなるかわからないよ」
今、たった今、女の影が浮上したんだから。
『あんたを気に入ってくださる男性なら大事にせなあかん。で、野菜は二人分送ってもいいかな?』
「気が早いってば。まだ一緒に住んでません。詳しく決まったら連絡するから」
「そう。じゃあ美味しいお芋さんとトマトとお米を入れておくわね」
話が飛躍している。おばあちゃんの中では結婚してる気でいるのかな。
おばあちゃんは、定年と共にお水のきれいな田舎で野菜を育てたいと隠居してから毎年野菜を送ってくれている。
最初、東京ドームぐらいの土地を買って野菜を育てる事業を展開しようとして親族全員で止めてから、小さな農園を買い取ってそこで野菜を育ててるので量は大量にある。
先日のきゅうりだっておばあちゃんの育てたきゅうりだ。
「はあ……」