『我は、人間がいる限り永遠に消えることはないぞ。人間の心こそが我の原動力、我を生かすのは人間だ』
『そうかも知れないですね……しかし、人間は心があるからこそ助け合い支え合えるのです』
舞台の上で、共に衰弱していく混沌と女神。
混沌は人の形ではなく、魔法で黒い靄のようなものを発生させており、それに人が声を当てているようだった。
『ふん……女神は、甘いな。全ての人間が善い心を持っているわけではないことを知っているだろうに……お前には、悲しみと言った負の感情がないからか』
『それは……』
『我を救えるのは人間だけ。我を生かすも殺すも、人間の心次第だ』
と、混沌は徐々に光の粒子となって消えていく。
それをただ見つめている女神は、心なしか苦しそうなかおをしていた。それは、混沌が消えていくという悲しみではなく、混沌に突きつけられたことに夜ものだった突きつけられたことによるものだった。
そうしている内に、混沌は消滅、分散し女神の封印の儀が終わったことを告げる。
しかし、女神はやるせない気持ちで一杯だった。
善を司る女神、悪を司る混沌。
二つは相容れない存在だった。女神は、負の感情、悲しみや苦しみ、憎しみといったものを抱くことはない絶対的な美と純潔な存在であった。人間を慈しみ、愛し、見守る存在が故に、彼女は人間を堕落させていったのかも知れない。
女神には分からない。
悲しみや苦しみを理解することは出来ても、感じることは出来ず、憎しみや殺意が悲しみや怒りからうまれてくるものだと言うことも理解できなかった。
故に、混沌を理解し本当の意味で救うことは出来なかった。
混沌は救えない。
混沌は人の心の闇を具現化した存在。人間の心そのものだった。
禅の心しか持たない女神は、混沌を理解することが出来ずに、彼を封印するという方法しか取れなかった。それが正しいと思っていたから。
だが、混沌は封印される際に寂しそうに言うのだ。
『女神では、我は救えない』
と。
こうして、世界に放たれた災厄は混沌が封印されたことにより治まり、女神は民の幸せと平穏を取り戻し眠りについた。
しかし、混沌を封印していた鎖は徐々に効力を弱めていき、またあの災厄が世界に解き放たれようとしていた。
そこで、女神は自信の魂の一部を分け、聖女として人間界へと降り立った。今度こそ、混沌を封印するのではなく救うために。
何度も何度も女神は人間界へ魂を分ける内に、その力を弱めていった。その代り、代々召喚される聖女の魔力は膨大なものになっていった。
今世紀も……また、混沌と向き合うため聖女が召喚され、歴史は繰り返されるのであった――――
そうして、幕が閉じた会場は一瞬の静寂の後、大きな拍手に包まれた。
立ち上がり、涙する人、感動しすぎて言葉を失っている人、笑顔で語り合っている人たちなど様々だ。
私は舞台から目が離せなかった。
最後の女神の役の人の表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「いや~良かったわね。レベルが高いわ……」
「神話をモデルにしてるって言ってたけど、話を知らない私でも入り込めた! 凄い! 連れてきてくれてありがとう、リュシオル」
舞台が終わった後、私とリュシオルは興奮冷めやらぬといった感じで聖女殿への帰り道を歩いていた。
リュシオルは、私よりも余程楽しめたようで、ずっと笑顔だった。
初めは、中世ヨーロッパが舞台となっているこのゲームの舞台と言えば、やっぱり神話の話とか愛憎劇とかだろうなと思ってそこまで期待していなかったのだが、いざ見てみると何てこと無い。寧ろとても面白い作品になっていた。
やはり、思っていたとおり此の世界の神話が元となっており、女神と混沌の戦いや、聖女の生れた理由、災厄についてなどが簡潔にまとめられており、それでいて役者の演技も上手く、ストーリー性もあって最後まで飽きずに見ることが出来た。
混沌なんて、魔法で靄を作ってそれに声を当てているだけなのに得体の知れない恐怖感というか、絶対的な絶望感というか……圧倒されてしまい、正直鳥肌が止まらなかった。
しかも、それがただの悪役ではなく、人間の心から出来た悲しき存在だと言うことが。けれども、混沌は絶対的な悪として君臨しており、彼を救うと言っても本当の意味では救えないだろうし、混沌の中に善の感情がない限りは、女神とそして人間と相容れない存在のままだろう。
それが、世界の均衡を保つために必要なことで、女神も女神で絶対的な善として君臨しているが故に正しいことを正しくと、決められた役割を果たしているだけの悲しい存在だと言うことを。けれど、此の世界の人達は皆そんな女神を信仰しているわけで、女神役の人は途轍もない努力をしてあの役を創り上げたのだろうと。
そして……女神を演じた人はきっと、混沌を救いたかったんだろうな。ただ、それは叶わず、封印という形になってしまったと。とても、感情移入して演じていたことが分かり、私は思わず胸がキュッと締め付けられてしまった。
だって、今私はその女神の化身の聖女なのだから。
「何か、聖女が神聖視されてるのよく分かった気がする」
「ふふん。エトワール様って、聖女なのにもかかわらず、この世界のことなーんにも知らないからね」
「わっ!リュシオルだって、そうだったでしょ! この世界にきたときは、皆そんなもんじゃないの!?」
「まあ、私は分からないなりに勉強して聖女のこともこの世界の文化とかも丸っと頭に入れたけど。それに、ゲームでもそういうバックの部分しっかり読んでたし。リースにしか興味なくて、細かい設定すっ飛ばしてるエトワール様と違ってね」
と、小馬鹿にして言ってくるリュシオルに少しムッとしつつも、その通りだと私は反論できなかった。
私は、この乙女ゲームをそういう視点で見ていなかったし、攻略対象だってリース様だけに絞っていたため、他のキャラのこと全く知らなかったし、調べようともしなかった。
だから、リース様以外の攻略キャラと関わるうちにこのキャラってそういう人だったんだとか、そういう考えを持っていたんだとか色々と分かってきた。
グランツだって、ブライトだって、一番衝撃的だったのはアルベドだけど。
そこまで考えて、アルベドの顔が浮かび、そういえば明日アルベドのイベントがあることを思いだし私はさっきまでの興奮が嘘のように冷めてきた。というのも、彼は危険人物だし、後から分かったけど命だって狙われているし、実際暗殺者だし。イベントだからと言って、なにも起きないわけじゃないだろうから、この間みたいに暗殺者に襲われるかも知れないし……
(ああ、もうなんであの時、アルベドって選択しちゃったのかな!)
間違えてボタンを押したとは言え、それが運悪くアルベドだったこと、それが今でも悔しいというか最悪というか……
「そういえば、イベントって誰とまわることになったの?」
「ああッ……! 聞かないでよ!」
リュシオルは、私の肩を掴んで揺らしながら聞いてくるが、私としては絶対に言いたくないし、知られたくもない。
あんな奴等と回るなんて考えただけでも吐きそうだ。
けれど、リュシオルは全て察したの気の毒そうな顔を私に向けてドンマイとでも言うように肩をポンポンと叩いた。
「その様子だと、アルベドかしら」
「そう、そうなの! でも、あれは事故だったの! 本当に事故で! なんであんな奴と一緒にまわらなきゃいけないの。でも、好感度凄い上がるし、けど、攻略する気は無いし!」
と、私はためていた思いをぶちまけてリュシオルに話す。リュシオルはそんな私を宥める様に頭を撫でてくれた。
そして、私が落ち着くとリュシオルはこれ以上かける言葉はないとでもいうように、またドンマイと言ったようなどうしようもなさそうな顔を私に向けてきた。
ああ、もう最悪だ。
「また、明日雨降らないかな……」
「でも、イベントなんだし強制的にアルベドの元に転送されるとかじゃない?」
そう、リュシオルは物騒な事を言い出す。
というか、多分そうだと思う。と私が返すと、リュシオルは頑張れとだけ言って歩き出した。
まあ、リュシオルには関係無いことだろうけどさ……
私は、日が暮れてきて、もう今日が終わることに絶望を抱きつつ聖女殿にかえって明日の作戦でも立てるかと一歩踏み出した。
するとそこで、見慣れた人物を人混みの中で見つけ思わず声をかけてしまう。
「ブライト?」
綺麗な黒髪をハーフアップにした男性の後ろ姿を見ただけで、一瞬で彼だと分かってしまった。そうして、振返ってこちらを見たアメジストの瞳を見てブライトだと、私は確信する。
「……エトワール様?」
そう、私の名前を口にしたブライトは何故だかばつが悪そうな、しまったとでも言うような顔を私に向けてきた。
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