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それからまた翌日の夕方、僕は再び魔法百貨堂を訪ねていた。
あれから何度か沙綾と話をする機会はあったのだけれど、どうしてもキーホルダーを渡すことができなかったのだ。
どうやらまずは、キーホルダーを渡すという最初の一歩から始めなければならないらしい。
その勇気を何とかできないだろうかと、僕はもう一度、アカネさんに相談してみようと思ったのだ。
例の古本屋を抜けてバラの咲き乱れる庭を通り、奥の古い家屋に向かう。
それから一つ息を整えてから、引き戸に手を伸ばそうとした時だった。
「じゃぁ、いってきまーす!」
突然そんな声と共に引き戸が開け放たれ、長い黒髪の綺麗な女性が姿を現したのだ。
女性も僕の姿に驚いたのだろう、目を丸くしながら僕の顔をまじまじと見つめていたけれど、やがてにっこりと微笑むと、
「こんにちは!」
そう言い残して、僕の脇を抜けて古本屋の方へ歩いて行った。
「タッタラッタタ――」
そんな歌を口ずさみながら、軽やかなステップを踏んで。
その両手には大きなラタントランクを提げており、ふと足元を見れば、一匹の黒い猫がしっぽを揺らしながら、トコトコ彼女の後ろをついて歩いていた。
今のは、いったい――?
思いながら首を傾げていると、
「あら、いらっしゃい!」
「――わっ!」
急に後ろから声がして振り向くと、そこにはにやにや顔のアカネさんが立っていた。
これは、明らかに僕を驚かせようとして声を掛けたのに違いない。
けれど、文句のひとつも言えない僕は、ただ古本屋の方へ姿を消した先ほどの女性を指さしながら、
「あ、あの人は……?」
と小さく尋ねる。
アカネさんは「あぁ」と口を開き、
「あの人は真帆さん。この魔法百貨堂の店長で、オーナーなんだ」
「えっ? じ、じゃぁ、アカネさんは……?」
「私はバイト」
……え、えぇ、バイト?
そんな不安な気持ちが顔に出ていたのだろう、アカネさんは胸を張りながら、
「バイトって言っても、私だってちゃんとした魔女だから、安心して!」
そう言って、自信満々の様子でにっと笑った。
僕はアカネさん(フルネームだと那由多茜と書くらしい)に背中を押されるようにして店内に足を踏み入れた。
踏み入れて、そして思わず目を見張る。
目の前のカウンターに、一羽の大きな白い鳥が居て、その大きな茶色い目でぎょろりと僕を睨みつけてきたからだ。
頭の上には黄色っぽいトサカのような羽、その黒っぽい嘴で突かれでもしたら、相当痛いに違いない。
その所為で二の足を踏む僕に、茜さんは、
「あ、大丈夫だよ。この子、何もしないから」
「え、あ、でも――」
正直、怖い。
別に動物類が苦手ってわけじゃない。
ただケージにも入れられず、こんな堂々と目の前に居られると、どうにも意識してしまう。
大きさは大体四十センチから五十センチの間くらいだろうか、こうして目の前にすると、ちょっと威圧的だった。
「この子の名前はキコ。私のパートナーなんだ」
「……パートナー?」
ペット、じゃなくて?
首を傾げる僕の前で、茜さんはキコと呼ばれた白インコの首を指先で撫でながら、
「そう、パートナー。なんて言えばわかるかなぁ。いわゆる使い魔的なやつ」
「ええっ?」
使い魔、というと、どうにも黒猫や烏、蛙とかが思い浮かぶのだけれど――
そこで僕ははっとなる。
……そう言えば、さっきの女の人。店主の真帆さんって人の足元にも、黒猫がついて歩いていたっけ。
僕はいよいよ怪しげに思いながら、茜さんとキコを見比べた。
ってことは、やっぱり茜さんは魔女で、あのヨツバチョウのキーホルダーも、本当に魔法のアイテムか何かなのだろうか……?
「でも、そんな、魔女って、本当に――?」
思わずまじまじと見つめてしまう僕に、茜さんはニヤリと笑んで、
「なぁに? 魔女と言えば、やっぱりお婆ちゃんのイメージだった?」
「え、いえ、そういうわけじゃなくて――」
思わず両手を振る僕に、茜さんはウィンクしながら、
「良かったでしょ? 私みたいな可愛い魔女で」
その一言で、僕の中にあった魔女のイメージが、何だか一気に音を立てて崩れていったのだった。