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蘭が幼い頃、母親はよく笑う人だった。どんなに忙しくても、どんなに疲れていても、蘭の前ではいつも優しく微笑んでいた。
だが、その笑顔は、ある日を境に消えた。
父親が荒れるようになり、怒鳴る声が家の壁に響くようになった。母親は耐えていたが、蘭の目の前で酷いことをされ、床に蹲る姿を見たとき、蘭は何もできず、ただ震えていた。
それ以来、母親は笑わなくなり、蘭もまた、笑うことをやめた。
学校では「無口な子」と言われるようになった。クラスメイトがどんなに楽しそうに話しかけても、心の奥底に沈んだ重い感情が邪魔をして、うまく応じることができなかった。
そんなある日、母親がぼんやりと窓の外を見つめているのを見た蘭は、ふと口を開いた。
「ねえ、お母さん。カンを見ると勘が冴えてリンカーンもびっくりな快感だよね!」
自分でも何を言っているのかわからなかった。ただ、何かを言わなければならない気がした。何でもいいから、母親の視線を引き戻したかった。
すると、母親は一瞬驚いた顔をして、次の瞬間、くすっと笑った。
――久しぶりに見た、その笑顔。
蘭の胸が、じんわりと温かくなった。
それから蘭は、母親の前でたくさんの変なことを言った。豆知識、親父ギャグ、くだらない冗談。どれも意味のないものばかりだったけれど、母親が笑ってくれるたびに、蘭は少しずつ「自分がここにいていいんだ」と思えるようになった。
笑いは救いになる。蘭はそう信じるようになった。
だから、鈴先輩にもたくさん言う。変なことを。どうでもいい豆知識を。親父ギャグを。
「鈴先輩!カンを見ると勘が冴えてリンカーンもびっくりな快感ですよね!」
鈴先輩が「なによ。それ」と笑ってくれると、蘭は心の奥でそっと安堵するのだった。
良かった。まだ笑ってくれてる。
笑っていて欲しいな。それが僕の救いなんだから。