「エトワール様、ナイスよ。すっかり忘れてたわ」
次の日、星栞を書きに行こうとリュシオルに言うと彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
そして、早速城を出て中央広場に向かった。勿論変装をしてだが。
中央広場にいくとすでに沢山の人がいて、みんな楽しそうにしていた。わいわい、がやがやと賑やかな声が聞こえてくる。
「へえ、ほんとに星形なんだ」
広場で、私達は星形の栞を貰いペンを握って少し人混みから離れた所で願い事を書くことにした。やはり、七夕と似たようなものであり、短冊の代わりにこの星形の栞に願いを書くようだった。星形の栞は表面はつるつるとしているが、裏側は和紙のようになんとも言えない手触りだ。
皆思い思いに書いているのか、願い事が書かれた星栞がそこかしこにあった。
私も短冊のように細長い長方形の紙を一枚とって、そこに願い事をさらっと書いていった。
「そういえば、リュシオルは何てお願い事書くの?」
「勿論、愛する者達が結ばれますようにって書くわ」
「え、平和主義?」
そう聞き返せば、違うわよ。と笑い返され、人目を気にせず男の子同士がイチャイチャできますようにというのが本当の願いらしい。それを書くのはさすがに恥ずかしいのか、リュシオルは「愛する者達が結ばれますように」と願い事を書いていた。
まあ、悪い願いではないと思う。
「でも、リュシオル以外……こういうイベント事って好きだったっけ? ソシャゲのイベントはそりゃ好きだろうけどさ……」
「ええ。だって、これ、本当に願い事が叶うんだもの」
「へ?」
そういえば、ルーメンさんは最終日に一人だけ願いが叶うと言っていた気がする。でも、あれは迷信とか何とかだと私は思っていたのだが。
そんなことを私が考えていることが分かったのか、リュシオルはくすりと笑う。
「本当よ? だから、教えてくれてありがとうっていったじゃない」
「本当に、願い事が叶うの? そんな、魔法みたいな」
いや、この世界には既に魔法が存在しているか。と自分で内心ツッコミを入れつつ、それでも信じられなかった。
リュシオル曰く、この星栞は特殊な素材で出来ており、一人書けるのは一枚まで。二枚書くと書いた願いが消えてしまうらしく、複数書くことは不可。
そうして、星流祭の最終日、櫓に星が降ってきて1つ願いを叶えてくれるらしい。それが、星流祭のもう一つのメインイベントらしい。
どおりで、子供だけではなく大人、老若男女と人が多いわけだ。
まあ、本当に願いが叶うのだとしたら絶対1枚書けるのなら、書くだろうけど。
「でも、そんな……世界平和とか願った人のも叶うわけ?」
「まあ、叶うんじゃない? 実際叶ったところを見たことは無いけど、小さい願いから多少の大きい願いまで……どんな基準で選ばれているか分からないけど、選ぶのは人ではない何かだし、言うなれば女神とか神さまとか……もっと大きな存在」
赤ちゃんが生れるほどの奇跡と同じようなものよ。とリュシオルは付け足し目を伏せた。
私は、まだ真っ新な星栞を見てこれは少し考え物だと思った。もう、願い事は決まっているのだが、叶うことはないだろうと思いつつも少しは期待しているわけで、どう願い事を書こうかと思ったのだ。具体的にとか抽象的にとか……
リュシオルの言ったとおり、どんな基準で選ばれているか分からない以上対策とかしようもないだろうけど。宝くじの一等に当たるより低い確率かも知れないし。
「エトワール様は何て書くの? やっぱり、世界平和?」
と、ニヤニヤしながら聞いてくるリュシオルに私は内心呆れつつ首を横に振った。
私の星栞はギュッと握ってしまったせいで既に皺が寄っており、黄色の星栞は少し色あせているようにも感じた。
世界平和なんて、私は人の為に願うことは出来ない。聖女としては、失格なのだろうが矢っ張り願い事って自分中心に考えるのが普通だと思う。
(矢っ張り、昨日考えた願いにしよう)
私は、そう思いきってペンを走らせ願い事を書いた。星栞の上をペンが滑るたびに心がフッと軽くなるように感じ、不思議とペンがすらすらと動いた。
そうして書き終えた私はリュシオルに見られないように隠しながら櫓へと持っていく。道中でリュシオルに見せなさいよ、と何度もせがまれたが私は見られたらまたからかわれると思い必死に隠した。そしたら、ようやく諦めてくれたのかリュシオルは私にちょっかいをかけてくることはなくなった。
私達は、とりあえず短冊を吊るすために空いている場所を探すことにした。すると、運よく端っこの方の場所にちょうどいいスペースを見つけることが出来た。櫓は何重にも囲われており、沢山の人が居ても狭苦しさを感じることはなく快適だった。
リュシオルは、早速と言わんばかりに星栞を櫓の開いているスペースにくくりつけていた。
私は、自分の書いた願い事に目を落とす。
「エトワール様、私は終わったわよ」
「あ、あ、うん。私もつるしてくるから!」
リュシオルが私の手元にある星栞を覗き込もうとしてきたため、私は慌ててその場を離れ、開いているスペースを探し星栞を急いでくくりつけた。
私の隣には、同じく黄色の星栞があったのだが、私はそれを目にした瞬間見覚えのある字の形に一瞬だけあれ?と自然とそれに手を伸ばしていた。
(この字……遥輝の……)
少し癖のある細い字、私は無意識のうちに星栞を撫でていた。文字一つ一つを確かめるように指でなぞると懐かしさが込み上げてきた。
そんなに見たことは無かったけど、確かに覚えていた。遥輝の字の形。
直感的に、それが遥輝の……リースの文字だって言うことが分かってしまった。
女性らしいと言うか、ド偏見だと言うことは分かりつつも凄く美しい男性とは思えない字を書いていたのを今でも覚えている。
そうして、字を眺めている内に彼が何を書いたのか気になってしまい、今度は文字ではなく文を見ることにした。そこに書かれていたのは、きっと私に対しての願いだった。
「好きな、人が……幸せに、なれますように」
星栞にはそう書かれており、人がの所を初めは人と。と書いてあったことから本当は「好きな人と幸せになれますように」とか書こうとしていたんじゃないかと言うことが分かった。それでも、自分の願いではなくリースはきっと自惚れとかじゃなければ、私の幸せを願ってくれて、こう書いてくれたんだろうと。
「何処まで……」
私は、震える手で自分の星栞を取り、リースの星栞の隣に並べる。
それから、少しだけ同じ黄色の星栞を眺めていたがリュシオルが私を呼んでいることに気がつき、その場を後にした。
私は私の為に願ったのに、リースは私の為に願ったのだと。
リースの心なんて聞えなくても見えなくても、わかりきっていることなのに。
「どう? つるせた?」
「うん、良い場所があったから……」
そう、私がリュシオルに言えば、彼女は私の変化に気づいたのかどうかした?と私の顔をのぞき込んできた。私は何でもないよと誤魔化すように笑みを浮かべた。リュシオルはそう?と首を傾げながら納得してくれたようだった。
それでも、何かあったら言ってね。と優しく言ってくれるから、私は思わず泣きそうになり先ほどの事を話すために口をゆっくり開いた。
「あのね、リュシオル実は……」
「これは酷い!」
「あんまりだ、ヘウンデウン教だろ!」
私の言葉の途中で、誰かの声が聞こえてきた。その声は悲痛な叫びのようにも思えた。私は思わずそちらへと視線を向けると、櫓の方に先ほどとは違う雰囲気の人混みが出来ており、皆罵声を星栞に向かって浴びせながら何か叫んでいるようだった。
(ヘウンデウン教って……混沌を信仰しているって言う宗教の)
ヘウンデウン教といえば、そう、混沌を信仰しているって宗教団体のことだった。しかし、彼らは闇魔法の使い手達でこの祭りとは縁がないようにも思えた。
気になって、近づいてみれば人々が何を言っているのかはっきり聞き取れ、私はリュシオルと顔を見合わせる。
聞き耳を立てれば、星栞に「世界が滅びますように」とか「人々が苦しみますように」とか書いてあったそうでそれら全てに悪意や、闇魔法の痕跡を感じるただとかで、場の空気は凍りついていた。それも一人や二人が書いた物ではなく何十、何百と書かれていたらしく、人々は怯えていた。
確かに、星栞には魔力が宿りやすいと言われているけれど、ここまで多くの人の願いが込められているとなると、それはもう呪いに近いものになるのではないかと思った。
そんな時、リュシオルが私の服の裾を軽く引っ張ってきた。
「リュシオル?」
「願い事はね、悪いものも良いものもたった1つかなってしまうから……きっと、数打ちゃ当たれ見たいに書いたんだろうね」
「……もし、叶ってしまったら」
世界が滅んでしまう? 人々が苦しむことになってしまう?そう、嫌な想像ばかりが頭を支配して私は震えていた。
ううん、絶対それが叶うわけじゃないんだからと言い聞かせ、私達はその場を後にした。空気が悪くなってしまい、次はどうしようかと星流祭4日目、やることもなくなった私は聖女殿に戻るのは如何だろうかとリュシオルに提案すると、彼女はそうだ。と何かを思い出したかのように指を鳴らした。
「舞台、見に行きましょう」
「舞台?」
「ええ、まあ女神とか混沌とか、神話を題材にした舞台だけど。2.5次元じゃないけどね」
何て、馬鹿にしたように笑いながらリュシオルは私の手を握った。
彼女が、私が落ち込んでいるんだろうと察してそう提案してくれたのだと分かると私の心も幾らか晴れた気がした。
「それじゃあ、いきましょう。この世界の舞台って滅茶苦茶レベル高いんだから」
そういって、手を引っ張って歩くリュシオルを見て、現世にいた頃を少しだけ思い出して私は自然と頬が緩んでいた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!