テラーノベル
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「……若井くん、今日元気ないね。
ハンバーグ、口に合わなかった?」
元貴さんが首を傾げ、覗き込んでくる。
テーブルに並んだ手作りの料理。
年上の余裕を感じさせる、
少し家庭的な元貴さんの姿。
本来なら、これ以上ない幸せな光景のはずだった。
けれど、若井の脳裏には、ネットカフェの暗い画面に映っていた「絶望に染まった少年の瞳」がこびりついて離れない。
「……あ、いえ。
……美味しいです。ちょっと、仕事で疲れちゃって」
「ふーん。嘘つくの、下手だね」
元貴さんは箸を置き、じっと若井を見つめた。
その瞳は、すべてを見透かしているようで、けれどどこか「踏み込まれたくない」という境界線を描いているようにも見える。
「……涼ちゃん、何か言った?」
「えっ、……いや、何も」
「嘘だ。あいつ、性格悪いから。
……僕の、昔の話でもした?」
若井の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
言わなければならない。
いや、知らないふりを通すべきか。
若井は震える手でコップを握りしめ、
絞り出すように声を漏らした。
「……調べたんです。……ネットで。
……元貴さんが、昔、ステージで……」
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
元貴さんの表情から、先ほどまでの柔らかな
「お兄さん」の色彩が消え、無機質な静寂が降りる。
「……見たんだ」
「……すみません。……涼架さんが、
俺は何も知らないって言ったから……。
元貴さんのこと、もっと知りたかったんです」
「……知りたかった? ……あんな、壊れて捨てられただけの僕を見て、何が知りたかったの?」
元貴さんの声が、ベランダで初めて聞いた時のような、透明で冷たい響きに変わる。
若井は、自分が一番触れてはいけない「聖域」を、土足で踏み荒らしてしまったことに気づいた。
「……ごめん、若井くん。
今日はもう、帰ってくれる?」
「元貴さん、俺は……!」
「帰って。……顔、見たくない」
元貴さんは背を向け、
キッチンに立って食器を洗い始めた。
水の音だけが、やけに大きく響く。
若井は、昨日手に入れたばかりのスペアキーをポケットの中で握りしめた。
持っているだけで「つながっている」と思っていた銀色の鍵が、今はただ、重くて冷たいだけの鉄屑に思えた。
逃げるように301号室を飛び出した若井の背中を、無情な廊下の電気が照らしていた。
コメント
2件
めっちゃ気になる!!! しおちゃん最高!!!!!!!!!!!!!!!!