「アイナ様、設営が終わりました」
「おお、早いねー!」
ルークの視線の先に目をやると、テントの設営が早くも終わっていた。
さっきお願いしたばかりなんだけど……でもしっかり出来ているようだし、そういう経験が豊富なのかな?
ちなみに私はと言えば、周りのテントに挨拶したあと、今はエミリアさんと食事の準備をしているところだ。
「ただいま。あれ、テントはもう張り終わったの?
手伝おうと思って、急いで戻ってきたのに」
近くの水源に、水を汲んでもらいに行ったリーゼさんも戻ってきた。
もう少しゆっくりしてきてもらっても良かったんだけど、根はやっぱり真面目な人なんだね。
「……ところでさ、テントって2つなんだね?」
「そうですね、広さは問題ないと思いますよ」
「あ、うん。広さはね。
……それで多分、2人ずつ使うんだよね? どういう割り振りになるの?」
え? そりゃ私とエミリアさんでしょ? あとはルークと――
「「あ」」
私とエミリアさんの声がハモる。
……さすがにルークとリーゼさんを一緒にはできないか。
一緒にダンジョンを進む仲間とはいえ、会って間もない男女なんだから。
「わたしはルークさんと一緒でも大丈夫ですよ?」
エミリアさんはいろいろと察しながら言ったが、ルークは申し訳なさそうに続けた。
「あの、お気遣い頂いて大変ありがたいのですが、私は外でも大丈夫ですので」
「え? いやいや、長丁場だからルークもちゃんと休まないとダメだよ?」
ルークの思わぬ発言に、私も慌てて指摘する。
戦闘の要でもあるんだし、むしろ一番休んでもらわないといけない。
「いえ、夜番もしなくてはいけませんので……」
「そういうのって、分担でやるものじゃないの? さすがにひと晩中――
……それに、5日はダンジョンにいるんだからね?」
「それでは1つをリーゼさんに、もう1つは残りの3人で使いましょう。
リーゼさんが夜番をするときは、もう1つの方を私がお借りします」
「あら、それで良いの?
何だか私、1つを占拠してるようで申し訳ないけど……」
「リーゼさんも、その方が落ち着けますかね? 私たちはそれでも大丈夫ですので」
思わぬ提案にリーゼさんも困惑していたが、結局その方向で話はまとまった。
それにしても、こういうことをルークが率先して決めるのも何だか珍しいなぁ。
やっぱり野営の経験が豊富? なところからなのかな。
「――さてと。
食事の準備はもう少し掛かりそうなので、お二人はしばらくゆっくりしていてください」
私とエミリアさんは、再び夕食の準備に戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都で買ってきたお料理をアイテムボックスから出すと、まだほんのりと温かかった。
アイテムボックスはレベル50以上で時間の流れが停止するからなんだけど、つまり保温性能がとんでもなく高い……とも言えてしまう。
とはいえ、食べるには少し冷めているから、焚き火で温め直して……っと。
そうこうしているうちに、良い匂いが周囲に漂ってきた。
うーん、これは美味しそうだ。
いろいろあったけど、しっかり準備してきて良かったかな?
そんなことを思っていると――
「……うわぁ。凄いな、あそこ。こんなところであんな料理を出してるぞ……」
「本当だ……。あの子、うちのパーティに来てくれないかなぁ……」
「ジョン、見てはダメよ。うちの食事は干し肉なの……」
――何だか周囲から聞こえてきた。
今いる場所は『循環の迷宮』の2階への階段があるスペースだ。
他のパーティもいくつか野営しているのだけど、そこで美味しそうな匂いを立ててしまえば……こうなるのは仕方が無いか。
……でも流石に、見ず知らずの人に分けるわけにもいかないし、ひとまずは無視しておこう。
「むむむ。
アイナさん、わたしたち注目を集めてますね」
「お料理を準備することに夢中で、こういう反応になるのは完全に見落としていましたね。
でもどうしようも無いので、気にせず美味しく頂きましょう」
「あはは、そうですね。
ではそろそろ準備もできましたので、お二人を呼んできます」
「はい、お願いしまーす」
エミリアさんは2つのテントに声を掛けに行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――それでは頂きましょう!」
それぞれが思い思いの挨拶をしてから、夕食が始まった。
今回は早速、錬金術師ギルドの食堂で作ってもらったププピップ料理だ。
「……うわ、何これ。美味しい」
最初に感想を零したのはリーゼさんだった。
そういえば、このお肉は初めてかな?
「これ、ププピップのお肉ですよ。美味しいですよね!」
「え? ……今、なんて?」
「ププピップです、ププピップ」
「……聞き直しても分からないや。何それ?」
「あはは。ある錬金術師が研究している、豚の品種なんです」
「へぇ? 錬金術師が、肉を? 私のイメージとは何だか違うなぁ……」
「そういう分野もあるんですよ。バイオロジー錬金と言いまして」
「なるほど? ま、難しいことは良く分からないけど、とにかく美味しいよ。
アイナさんたちが料理にこだわりを持っていたのも、何だか分かるな」
「こだわりっていっても、準備を始めたのは前日からなんですけどね……」
「あれ、計画性は意外と無かったんだ?」
「でも色々と取り揃えられましたから、しばらくは新しいメニューが楽しめますよ!
……さすがに後半は、繰り返しのメニューになるでしょうけど」
「それは全然、大丈夫。
こんな美味しいものをダンジョンで食べられるだけで、文句どころじゃないからね」
確かにそれは、周囲のパーティの様子を見れば何となく分かる。
未だにちらちらと、視線を感じているからね。
「今は周りの目が少し気になりますけど、下の階に行けば他のパーティの数も減っていきますよね?」
「うーん、どうかな?
普通の冒険者が満足に探索できる場所なんて、結構限られているし……」
「そうですね。さすがに10階より下はかなりの冒険者じゃないと厳しいらしいですが――
……わたしたちは5階までの予定ですし、そこら辺だとまだあまり減らなさそう?」
「なるほど、下手をしたらずっと注目を浴びてしまうわけですね。
……あ。野営する場所を、他のパーティと少し離すっていうのはどうですか?」
「基本的には、他のパーティと近い場所にいた方が安全なんですよね。
魔物が襲ってきても、協力して倒すことも出来ますから」
「確かに。……それならまぁ、気にしないで野営しちゃいますか。
もしアレなら、少しくらいお裾分けしても良いかもですし」
「それは良いですね。お料理はたくさん、作ってもらっていますから」
……食べ終わってからしばらく雑談したあと、今日は早々に寝ることにした。
まだ初日だし、最初から無理をしても仕方が無いからね。
夜番の順番は毎日少しずつ変えることになったけど、ひとまず今日はエミリアさん、ルーク、リーゼさんの順番になった。
私はよくよく考えたら戦闘力が無いわけで、夜番の担当からは外されてしまった。
でもその代わり、食事の準備と後片付けは全て受け持つことにさせて頂いた。
食事の前後でやることは多いんだけど、夜中は楽だから……やっぱり、申し訳なくなるんだけどね。
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