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服装からして恐らくはギルド職員なのだろうがまだ子供。背の高さから十歳前後だろうことが窺える。
ボサボサというほどではないが、あまり手入れのされていない長い黒髪は、よく言えば消極的で、悪く言えば根暗な印象。
かわいいとは思うが、前髪が邪魔で目元が見えないので、なんというかもったいない。磨けば光る原石のようだが、あまり身だしなみには気を使っていないようだ。
親は何をしているのかと思った半面、子供でもギルド職員になれるのか? という疑問が頭に浮かぶ。
階段を登りきった少女は、チラリと俺に視線を移す。
髪で目元が隠れていてよく見えなかったが、ほんの少しだけ微笑んだようにも見えた。
少女は軽く会釈をすると『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている扉を開けて、中へと入っていく。
「ああ、死神がいるじゃねえか。あいつが担当でいいじゃん」
面倒くさそうに口を開いたのは、インテリクソ眼鏡。
「えっ、ちょっと待ってください。彼女はまだ謹慎が明けてから日も経っていないので担当はまだ……」
「いいっていいって。僕から人事部の方に言っておくからさ。はい、解決。じゃあ他の担当のこともあるし帰るわ。もう呼ぶなよ?」
インテリクソ眼鏡がポケットから取り出したのは、小さなガラスの塊。それをおもむろに振り上げ地面に叩きつけると、盛大に飛び散るガラス片と共に発生したのは渦巻く黒い雲である。
その直径は成人一人と同程度。台風を真上から見たようなそれに、次々と入っていく担当候補たち。
「では、失礼します」
「こっち見んじゃねーよおっさん! 妊娠するだろーが!」
最後にインテリクソ眼鏡が俺を強く睨みつけ、足早に渦の中へと飛び込むと、それは音もなく消え去った。
ギルドは何事もなかったかのような静寂を取り戻し、辺りに散らばるガラス片が僅かばかりに煌めいているだけである。
「……妊娠はしねーよ」
俺がボソッとつぶやくと、緊張が解けたのか隣にいたソフィアはクスリと笑みを溢した。
「今のはなんです?」
「帰還水晶です。本来は緊急時の脱出用なのですが……」
なるほど。端的に言うと帰ったということらしい。この場合、俺の担当はどうなるのだろうか?
「えっと、死神さん? が、俺の担当になるってことでいいのでしょうか?」
「あ、いや、死神は名前ではなく……」
「私はミア。よろしく!」
「おわあ!」
急に後ろから声をかけられれば驚いて当然。変な声が出てしまった。
そして俺の前に差し出されたのは、小さな手のひら。
「私が担当になるんでしょ? プレート貸して」
「え? あ、ああ……」
よくわからず、言われた通り首にかけていたプレートを手渡すと、それを受け取ったミアは何も言わずに奥の部屋へと駆けていく。
ソフィアは俺とミアのやりとりを見て、唖然としていた。
「プレート……持ってっちゃいましたけど、どうするんです?」
「あっ、ええっと。私のプレート、ここの所欠けてるのわかります?」
ソフィアは自分のプレートの一部分を指差した。よく見ると、端っこが数カ所窪んでいるのがわかる。
「この欠けてる所を揃えることで、ギルドの誰が担当なのか、わかるようになってるんです」
「ということは、ソフィアさんとカイルさんのプレートは同じところが欠けているということですか?」
「そういうことです。なのでミアは、九条さんのプレートを削る作業を始めたんだと思います」
「なるほど。では、その間に色々聞きたいんですけど……」
「ええ、大丈夫ですよ。それでは、ギルド担当の役割からお話しますね」
ギルドが管理している建物や遺跡、ダンジョンなどには入場にギルドの許可が必要であり、その際に担当職員を同行させないといけないという決まりがあるらしい。
元々冒険者なら制限なく入れたが、遺跡の破壊や骨董品の盗難等があったため、監視の意味も込めて担当が同行することになったとのこと。
もちろん危険な依頼にも同行しなければならないため、ギルド職員もある程度の戦闘適性持ちのようだ。
ギルド職員の評価は、担当冒険者の功績や実績で評価される側面があり、見込みのない者は担当がつきにくいということも教えてくれた。
そして最後はミアについて。
元々戦災孤児だったが神聖術に適性があったため、孤児院から王都であるスタッグのギルド職員に見習いとして採用されたという経歴の持ち主。
ギルドは実力主義。たとえ子供でも適性と能力次第でギルド職員になることは十分可能なようだ。
仕事はできていたようだが、誰の担当にもなりたくないの一点張りで、ギルドでも腫れ物扱いだったらしい。
担当にならないと奴隷落ちだと言われ仕方なく担当になるも、冒険者の言うことを聞かず、本来守らなければならない冒険者を見捨て危険に晒したとして、ここに左遷され謹慎処分を受けた――ということのようだった。
死神という呼び名も、そこからついたとのこと。
「ん? じゃあ、なんで俺のプレート持っていったんです? 俺の担当はいいんでしょうか?」
「そうなんですよ。私もそれが気になって……」
「心を入れ替えたってことでしょうか?」
「うーん。謹慎明けに理由を聞いても「やりたくなかったから」の一点張りで……。一応年齢も考えて、気にかけてはいるんですけど……。担当以外の仕事はできるのですが、自分から進んで話しかけるような子じゃなかったと思うんですよね……」
ソフィアはしばらく考え込むと何かを思いついたようで、ぽんっと手を叩いた。
「そうだ! ミアちゃん、九条さんに一目惚れしちゃったんじゃないですか?」
「……そんなわけないでしょう……三十代のおっさんですよ?」
ため息まじりにそう言うと「そうですよね……」と返された。肯定されたら、それはそれで悲しい……。
しばらくすると作業を終えたミアが部屋から出てきて、パタパタと駆け寄ってくる。
「はい、これ」
そう言って笑顔で手渡されたプレートは、ミアのプレートと同じ場所が欠けていた。
「ああ、ありがとう。ええっと、ミア……ちゃん?」
「ミアでいいよ。お兄ちゃん」
「おにぃ……」
第一印象は根暗であったが、まるでそんなことはなく、気さくに話しかけてくる。
急にお兄ちゃんと呼ばれたことに戸惑いはしたが、正直悪い気はしない。おじさんよりはマシである。
かわいい妹ができたと思えばなんてことはないが、言われ慣れていないせいか、少々照れくさくてミアの顔を直視できない。
それを、咳払いで誤魔化す。
「そうか。じゃあミア。一つ質問をしてもいいかな?」
「うん」
「なんで、俺の担当を引き受けてくれたんだ?」
それにミアは嬉しそうに両手を広げ、俺に抱きついてきたのだ。
「運命の人だから!」
「……は?」
ミアの言葉に場が凍りつき、俺は耳を疑った。
満面の笑みで俺を見上げるミア。驚きのあまり両手を上げてしまったが、この上げた両手をどうすればいいのか。
抱きしめるべきか、それとも引き剥がすべきか……。
助けを求めるようにソフィアに目配せするも、顔を真っ赤にしたまま硬直していて、役に立ちそうにない。
「ええっと、何かの間違いじゃないかな?」
「間違いじゃないもん。今日ここで逢えるってわかってたもん」
力強く否定し、ミアは俺から離れようとしない。腹に顔を埋めながら話すので、なんだか少々くすぐったい。
「支部長。ギルドの説明まだ全部終わってないですよね?」
「え? ……ええ」
「じゃあ、お部屋で説明してあげる。いこ?」
ミアはピョンとジャンプして半分まで下がっていた俺の手を握ると、グイグイと引っ張り階段を上り始める。
どうしていいかわからず流れに身を任せる格好だが、再び助けを求めようとソフィアに視線を送るも、ソフィアはただ小さく手を振って、俺を見送るだけであった。
部屋に着くとミアは俺をベッドに座らせ、その横にちょこんと座る。地面に届かない足をパタパタとさせながらも、俺の顔を笑顔で見上げた。
「どこまで聞いた?」
ギルドの説明うんぬんより、運命の人だというなんだかふんわりとした理由に納得がいかない。
「ひとまずギルドの説明は置いといて、その運命の人というのは占いか何かかな? 俺は多分違うと思うんだが……」
相手は子供だ。あまり強く言いすぎると、泣いてしまうかもしれない……。
顔色を窺いつつもやんわりと否定すれば、わかってくれるだろうと思ったのだ。
「本当なのに……」
それに落胆したのかしゅんとするも、何かを思い出したのか曇っていた表情はすぐに晴れた。
「そうだ! 合言葉!」
「合言葉?」
ミアはピョンとベッドから降りると俺の正面に立ち、わざとらしく咳払い。
「腰痛は治りましたか?」
言われて息を呑み、反射的に腰を触る。
そういえば、こちらに来てから腰に痛みを感じていない。酷い時は椅子に座るのも、ベッドから起き上がるのもやっとのことだったのだが……。
そこで気がついたのだ。なぜミアは、腰痛のことを知っているのかと。
こっちの世界に来てからはそのことは誰にも話していないし、そんな素振りも見せていない……。
「もしかして、ガブリエルか!?」
その名を聞いて、ミアは天使のように微笑んだ。