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僕は歩く。さすがに十一月にもなると、学校に向かうまでの景色もすっかり見慣れてしまった。でも、不思議なものだ。空を見上げると視界いっぱいに広がって見える青空。これだけは見慣れることがない。
今頃、小出さんも見ているのかな。ブルーのカーペットのように広がるこの青空を。そう思うと、嬉しくなってしまう。同じ景色を共有しているみたいで。
小出さんはこの青空を見て、どう感じているのだろうか。
僕は、それが知りたかった。
* * *
「おはよう、小出さん」
「はあ……はあ……お、おはよう、園川くん……」
小出さんは今日も遅刻ギリギリの登校だった。もう少し余裕を持って家を出ればいいのにな。でも、なんとなく予想はしている。小出さんは夜、遅い時間まで小説を読んだりしているんだろう。うん、絶対にそう。
に、しても。ものすごく気になることが。
何が気になるのかというと、小出さんが大きなボストンバックを持って登校してきたこと。これまでそんなことはなかったはずなんだけど、はて? どうしたんだろう。
うん、まあいいや。気にしない。それにホームルームが始まるまでに、僕は小出さんに教えてほしいことがあるし。
「ねえ、小出さん。ちょっといいかな?」
「はあ、はあ……そ、園川くん。お、おはようございま……はあ、はあ……。す、すみません、走ってきたので、ま、まだ息が荒くて……」
「あ、全然気にしないで。むしろ、今は喋らない方がいいよ? まずは落ち着いて息を整えよう」
そして小出さん、何度も何度も深呼吸。あー、よっぽど全力で走ってきたんだな。しかも今日はボストンバック持ちだし。中に何が入ってるのかは全然分からないけど。でも、すごく重そう。
「ふうー……。ありがとうございます。やっと息が整えられたからもう大丈夫。それで、どうしたの?」
「良かった、落ち着いたみたいで。えっとね、小出さんってアニメは観たりしないのかなと思って。ちょっと調べてみたんだよね、この前お借りした『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』のこと。そしたらアニメ化してるみたいだったから。もうしかしたら小出さん、観たことあるのかなって思って。……て、あれ? こ、小出さん……?」
小出さんの目がキラーンとした。『その言葉を待ってました』という感じで。それで、持ってきたボストンバックをドスンと机の上に置いた。何その重量感。
「アニメ、観るよ! それに、あるよ!」
小出さんははにかみ、ボストンバックから『それ』を取り出した。
「え? 小出さん、もしかして……まさか……」
小出さんが取り出したのは、長方形をした薄いプラスチック製のものだった。そして、それを僕に手渡してくれたのである。
「あ! こ、これは! 『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』のアニメDVDじゃん!」
「うん、うん。そうなの。それでね、こ、これ、良かったらでいいんだけど……園川くん、観てくれないかなって。貸してあげたくて」
「え!? 貸してくれるの!?」
「うん、園川くんに観てほしいから持ってきたの! 声優はだよ。すっごく声が格好良いの! それねそれにね、制作会社はあのシャフツだからクオリティーがすごく高くて。あ、あとね――」
も、ものすごい流暢に喋ってる。こんな小出さん、初めて見たよ。いつもの三倍速で喋ってる。しかもそれが止まらないし。
でも、そっか。小出さんって小説やアニメのことになると、ここまで夢中になっちゃうんだ。好きなことに一直線になっちゃうんだ。
なんか素敵だなあ。
「――と、いうわけで、ぜひ観てみて!」
「もちろん! 家に帰ったらすぐに観るよ! それではお借りするね」
「それだけじゃないの!」
それだけじゃ、ない? と不思議に思ってたら、小出さんはよいしょとボストンバックを持ち上げてひっくり返し、中に入っている『全て』を机の上に広げた。いや、広げたというか、山を作っちゃった。
「も、もしかして小出さん。それって……」
「うん! 園川くんに読んでほしい小説と、観てほしいDVDを持ってきたの! 全部貸してあげる!」
「ぼ、僕のために……」
嬉しい。本当に嬉しい。小出さんが、僕のことを考えてくれていたことが。かなりの量があるから相当重かったはずなのに。
……ん? 重かったはず? 全部? と、いうことは、つまり。
「あ、ありがとう、小出さん」
「あ……ご、ごめんなさい……。もしかして、め、迷惑だった、かな?」
あー、元の小出さんに戻っちゃった。さっきまでの目のキラキラが消えちゃった。確かに僕、これを全部家に持って帰るのは大変そうだなあとは思った。それが顔に出ちゃってたみたい。
だけど、迷惑なわけがないじゃないか。
「そんなことないよ! すっごく嬉し――あ! 小出さん! 先生来ちゃった! 急いでボストンバッグに戻そう! 見つかったら没収されちゃう!」
「ぼ、没収!?」
そんなわけで、僕と小出さんは超特急で全ての小説やDVDをしまい込んだ。セーフ。どうやら気付かれなかったみたいだ。でも、ちょっとだけ朝から疲れちゃった。だって量がとんでもなかったんだもん。
でも、すごかったな。小出さんってスイッチが入るとあんなふうになっちゃうんだ。新しい発見。
に、しても――。
僕は小出さんの足元に置かれたボストンバッグをもう一度チラ見した。
うん。今日は下校までしっかりと体力を温存しておこうっと。