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保育園の後、今日はバーでの勤務日。
制服に着替え薄くメイクをし、髪を縛ってから耳にシルバーのカフスに繋がったチェーンのピアスを付けるのがバーでのスタイルだ。保育園ではメガネに緩いハーフアップなので全く雰囲気が違う様にしている。昼間のふわふわした印象からクールなスッキリとした雰囲気へ変えている。僕なりの保護者に会う危険性も考慮した上のカモフラージュ。本当なら何もせず髪の毛も下ろしっぱなしにしていたい。でも自分都合で昼夜働いているし、周りには迷惑をかけたくない気持ちから使い分ける様になった。
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今日は初めて見かける2人組のサラリーマンが仕事の延長線でバーを利用していた。営業職なのだろう。こういった利用も多い為、特に珍しくもないのだが、ただ自分への視線をやたらと感じた。2人の相手はマスターがしており、楽しそうに談笑はしていたが、やっぱりそっちの方から視線を感じる。でもそんな事も珍しい事じゃない。いつも通りに他の客の注文や短い会話のやり取りをする。話しかけては来ないものの、その会社員は退店するまでやたらとこちらを見ていた。
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翌日、閉店の少し前にその男はまた店に来ていた。見た目は僕よりも少し若い印象の爽やかな感じ。センター分けの軽いパーマで、ザ・営業マンといった雰囲気だ。
彼は僕の前のカウンター席に座ると、「昨日も来たんですけど、覚えてますか?」と、唐突に声を掛けて来た。
「はい。」
「良かった!この店すごく雰囲気が良いのでとても気に入ったんです。入って本当に正解でした!閉店前なのにすみません。帰ろうかとも思ったんだけど入りたくなっちゃって。」
明るい…しかもやたら言葉の主張が強い。ぐいぐい来るタイプは面倒だな…。そう思うと、咄嗟に身構えて気持ちが引く。
「まだ大丈夫です。ご注文は?」
「じゃあ、ウィスキーロックで」
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僕が酒を提供するまで視線をひたすら感じたが、「どうぞ。」と、酒を出す。何を話し出すのかと少し身構えていたのだが、その後は特に話しかけて来る事も無かった。グラスが空になると彼は「また来ますね。」
と、にっこり微笑んですんなり帰って行った。昨日に引き続き彼から視線を感じたけど、どうでも良い事なのですぐに忘れた。
店が終わると同時にスマホにメッセージが入る。
『外で待ってる』
『わかった。片付けたら出るから。』
ジュリじゃないもう1人いる相手からの連絡だった。
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「お疲れ様です。」マスターへ挨拶をして店外へ出るとセフレの壮一が地下の店内へ続く階段の上で待っていた。僕を見付けると笑顔で近くへ来て「お疲れ。」と一言声を掛けて来た。当たり前の様に僕の荷物をサッと持つと並んで歩き出した。
壮一は短髪のガッチリしたスポーツマン体型の長身の男で、僕より余裕で頭1つ分は背が高い。僕は壮一が何の仕事をしているのかは知らないし、聞きたいとも持っていない。壮一は大体呼べば来るし、急に連絡をしても断られ無いのでジュリに呼ばれない時やそのまま眠れるくらい疲れている時以外は壮一へ連絡する事にしている。僕は隣に並びながら嬉しそうに歩く壮一と一緒に自宅へ向かった。
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また別の日にあの若い会社員が来た。また僕の前のカウンター席に座ると、今日は自己紹介付き。
「こんばんは。これから常連になるんで名前教えて下さい。俺は日渡千景です。この近くの会社で営業してます。」
「あ、はい。」
「あの、貴方の名前は?教えて下さい!」
店に来る度、よく笑ってるヤツだな。と思っていたけど、案の定今日もにこにこと愛想良く話しかけて来た。バーでの勤務時の僕は保育園での反動でほぼ無表情になってしまう。僕のにこにこは子ども達の為のものだ。キラキラした笑顔で問いかける千景の顔をじーーっと見てから答えないと拉致が開かないと思い「ツキ…です。」と渋々答えた。
「ツキさん…苗字は?」
「…すみません。フルネームはちょっと…。」
「あ、馴れ馴れしくてすみません!これから時間がある時には飲みに来るので、もし仲良くなれたらその内教えて下さいね!」
いちいち爽やかな反応だ。
仲良くなるなんて嫌に決まっている。
こいつに塩対応を決め込む事を決定した瞬間だった。
急に通い始めたこの日渡千景を少し不思議に思いつつ、来ればにこにこ話しかけて来るので安定の塩対応で交わし続けた。僕の素っ気ない態度は、大して身体も大きくない自分の身を守る為でもあるけど、無駄に興味を持たれない為でもあるので、客への態度はいつも通りである。
今日も盛り上がらない会話だったけど、店に来ると笑顔で僕に話しかけてくる。段々とにこにこ顔がヘラヘラしている様に見えて来る。新たに常連になったへらへら男は、特に害がある訳では無いのでマスターも助け舟を出す事も無く本当にただの常連客になっていった。
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また別日。今日もにこにことカウンター越しにこちらを見ている。
『こいついっつも何が楽しいんだ?本当はバカなのか?』と思いながら目を合わせない様に今日も注文された酒を作る。
「ツキさんって、恋人っているんですか?」
「いないよ。興味ないし。」
「そうなんだ。じゃあ、何歳?」
「…ご想像にお任せします。」
「ふ〜ん…。」
適当にあしらってはいるが別に嘘はついていない。
酒のグラスが空になると「また来ます。」と爽やかに笑い、今日も閉店間近に帰って行った。
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今夜はジュリと店の前で落ち合う。
ジュリは「お疲れ様♡」と言って嬉しそうに僕に飛び付くと、ほっぺにチュッとする。本日も溺愛モードなので、少し恥ずかしくなって少し困り顔になってしまうけど、ジュリの好きな様にさせている。
2人で手を繋ぎながら歩き出し、タクシーを捕まえてジュリのマンションへ向かった。
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店から少し離れた場所でその様子を睨み付ける様に千景が見ていた…。そして、彼がバーに通い詰めていた目的を僕が知るのはもう少し先になる…。