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白山小梅
12
#借金
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* * * *
瑠維が食べたいと言っていたのは、コンビニのソフトクリームだった。先ほどのうどんの代金を考えると、申し訳なさでいっぱいになる。
「こんなのでいいの?」
「期間限定のフレーバーですよ。今しか食べられないものですから、これがいいんです」
「そうなの? それならいいんだけど……」
店先で食べながら、春香は小さく息を吐いた。今日はいろいろなことがあった。一日があっという間に感じるのは、この安心した時間のおかげかもしれない。
「この後、家まで送りますから」
「あの……瑠維くんって家はどこなの? わざわざ私の家まで行って帰るのも大変でしょ? だからここまででいいよ。いつもの時間より遅いし、きっと大丈夫だと思うからーー」
「送るというのは僕が決めたことです。だから先輩はそれに素直に甘えてくれればいいんですよ」
甘えていいだなんてーー今までだってそんなことを言われたことはなかったから戸惑ってしまう。
「それに先輩には申し訳ありませんが、電車には乗りません」
「ん? 乗らない?」
「はい、車で帰りますから。乗ってください」
「えっ、ちょっ、ちょっと待って! 車? そこまでしてもらう必要ないし……逆に乗れないよ」
「ダメです。僕がそこまでしないと気が済まないんです。野犬がうろつくような場所にみすみすあなたを放すと思いますか。あり得ません。大丈夫です、僕は送り狼なんて下衆な野郎にはなりませんから」
顔は冷静に見えるが、息つく暇がないほどのセリフを吐き切った瑠維に、冷たいのか熱いのかわからない妙な違和感を感じてしまう。ただの彼が心から心配してくれていることは感じられた。
「なんか瑠維くんの言葉って素敵だよね。ちょっと芸術的というか、小説家とかに出てくる表現みたいですごく……きれいだけど難しい」
春香が言うと、瑠維は無表情のまま吹き出した。何か面白いことを言っただろうかと不思議に思ったが、彼が春香に手を差し出したため、それ以上は考えられなくなる。
瑠維は車で帰ろうと言ってくれている。そして強引にではなく、その判断を春香に委ねていた。
こういう感じ、すごく好きかもーーグイグイ来られるのではなく、ちゃんと気持ちを確認してくれる。
そんなことを考えてキュンとした自分に、春香は愕然とした。今日再会したばかりの後輩にときめくなんて、たとえ彼がイケメンに成長していたとしてもどうかしている。
彼は好意でついてきてくれているだけ。もっと言えば、ヒロくんという先輩からの圧力によって嫌々付き合ってくれているのかもしれない。
でも彼は"素直に甘えてくれればいい"とも言ってくれた。これが彼の優しさから来る好意ならば、逆に甘えてしまいたい気持ちになる。
一体どちらが真実なのだろうーーそう思うのに、心は決まっていた。
「……じゃあ、お願いしちゃおうかな」
春香は緊張しながら瑠維の手に自分の手を載せた。
瑠維は安心したように微かに口角を上げると、春香の手を引いて歩き始めた。
* * * *
いつも使っている駅を通り過ぎて少し歩くと、マンションが立ち並ぶエリアが現れる。
その中の一つに瑠維は春香を連れて入っていく。オートロック、明るくて真新しいエントランスにはソファとローテーブルが二セット置かれていた。
自分が住んでいるマンションとの差に、春香はつい挙動不審になる。
「わぁ……すごいマンションだね。うちとは大違い」
「たまたま希望通りの物件があったんで」
「希望って?」
「二十四時間使えるジムとプールです。ちょっと運動不足になりがちで」
驚いて目を見開いた春香の様子をどこか楽しげに眺めていた瑠維は、エレベーターを呼び出して地下駐車場に降りていく。
そして停めてあった白のSUVの助手席のドアを開け、春香を中へ促す。春香は戸惑いながらも中に乗り込んだ。
エンジンがかかり、ナビが起動する。
「ナビに入れますか? 住所自体を知られたくなければ先輩が案内してくれてもかまいませんが」
「えっ、車の道順なんて無理だよ! ナビに案内してもらってもいい?」
「じゃあ住所を入力してもらえますか?」
春香は頷くと、ナビに住所を打ち込んでいく。ルートが示されると、瑠維は車を発進させた。
いつもは電車で帰る道を車に乗って帰るなんて贅沢すぎる。実のところ、車には嫌な思い出があり、少しトラウマになっていたのだ。
その瞬間、大事なことを思い出した春香はパッと瑠維の方を向く。
「あの、瑠維くんは彼女はいるの?」
「いたら春香さんを乗せたりしません」
「そ、そうだよね。それなら良かった……」
春香はホッとした様子で肩の力が抜けた。彼女がいないのなら、助手席にただの先輩である春香が乗っても、怪しむ人はいないだろう。
「……何故僕に彼女がいないか聞くんですか?」
ミラー越しに見られている感じがし、困ったように苦笑いになった。
「実は昔ね、付き合っていた人の車に初めて乗ったら、いろいろなところに女性の痕跡が残っていて。シートに長い茶髪、ダッシュボードに口紅、扉側の飲み物ホルダーにつけ爪。明らかに女性が乗っていた感じがするでしょ?」
「そうですね」
「元カノのだって言うから、とりあえずその場は納得したんだけど、帰りに彼の家の前で女性が待っていて修羅場と化したことがあってね、それ以降助手席に座ると思い出しちゃうんだよねえ」
あの時のことは一生忘れないほどの嫌な体験だった。春香はため息をつくと、大きく項垂れた。
「……それは二股だったということですか?」
「ううん、よくありがちなやつ。私の方が浮気だったの。その彼は、同棲中の彼女が友達と旅行に行くっていう日に私を連れ込もうとしたみたい。でも彼女さんはずっと彼の行動を怪しんでたんだよね。GPSがしっかり証拠になったって言ってた」
「なるほど。だからその女性はわざと自分の品を置いて、嘘をついて見張っていたんですね」
「そうなの。詳しく聞いたら、他にも何人かいたみたい。私の方は付き合い始めだったし、すぐに別れちゃったからいいんだけど。でももう修羅場とかはいらないかなぁって。ちゃんとした穏やかな恋愛ならしたいけど、今は仕事の方が楽しくなってきちゃったしなぁ」
あの修羅場以降、男性との出会いに臆病になったのは確かで、恋愛にも積極的になれなくなった。
「今は付き合ってる人はいないんですか?」
「いないから椿ちゃんが瑠維くんにお願いしたんだよ」
「じゃあ今は先輩のボディガード兼、仮の彼氏みたいなものですね」
「うっ、変な役職つけちゃてごめんね」
春香が謝ると、瑠維は前方を向いたまま首を横に振る。
「先輩、何度も言いますが、僕は自分の意思で引き受けたんですよ。先輩が安心出来るまで続けますから」
「うん、ありがとう。瑠維くんってめちゃくちゃいい人だし……思っていたのと違っておしゃべりだったんだね」
「おしゃべり……ですか?」
瑠維は驚いたように硬直する。
「高校の時は、必要最低限の会話しか聞いたことがなかったから、すごく無口な人だと思ってたの。だからこんなにお話出来て、楽しかったなって」
「いえ……」
「今まで知らなくてごめんね。あの、ちゃんとお礼もするから、私が出来ることって言ったら限られちゃうけど、何か考えておいてね」
「……わかりました。先輩にしか出来ないことを考えておきます」
話をしているうちに、春香のマンション前に到着する。もう少し話していたいような物足りなさを感じながら、瑠維の方に向き直る。
「今日はありがとう」
「部屋の前まで送ります」
「ううん、そこまでは大丈夫。本当にありがとう」
「……わかりました。次は明日でいいですか?」
「あっ、明日は休みだから、明後日なんだけど……」
「では今日と同じ場所で待ってますね」
瑠維は頷くだけで、相変わらず無表情のまま、何を考えているのかはわからない。ただ春香にとっては、変わらない彼の態度にホッとした。
「じゃあ、おやすみなさい」
車のドアを開けて外に出る。頭を下げた瑠維に手を振り、車が見えなくなるまで手を振った。