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三文小説
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篝火

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ニコニコと笑う目の前のその人──阿部くんの言葉に、少し驚いた。
「ぇ、なんで一年って分かるの?」
自分で言うのもなんだが、大抵は実際の年齢よりも上に見られることが多いので、意外に思ったのだ。疑問をそのままに伝えると、阿部くんはクスッと鼻を鳴らした。
「上履き」
「え?」
「うちの学校は、靴底のゴムの色で学年の見分けがつくようにしてるんだよ」
「あー、そういうことか」
「三年生は緑、二年生は赤、一年生は青…だけど、君の上履きは黒く塗り潰されてるね」
「なんつーんすかね、あんまり青ってしっくり来なくて」
「油性ペンで塗った時、一番元々の色が目立たないのは青かなって」
「すご…阿部くん探偵みたい」
「ふふ、大した推理はしてないけど、今ちょうどミステリ読んでるから、その影響かもね」
「阿部くんは何年生なの?」
今はカウンターの奥に隠れていて見えない、その靴底の色が見てみたくなった。
この人のことを、もっと知りたくなった。
「当ててみて?」
なんて悪戯に笑う横顔に、どうしてか胸は掻き乱れる。
揶揄われているのか?と思いつつも悪い気はしなくて、真剣にそのクイズに頭を悩ませることにした。
「よろしくね、一年生」と言うくらいだ。同級生では無いだろう。
とすれば、二年か三年かの二択になってくるとは思うが、意外と難しい。
外見は幼く見えるけれど、話し方や雰囲気はそこまで年も離れていないだろうに、すごく大人びているように感じる。
あとはもう勘に頼ってみることにして、阿部くんのイメージに合いそうな方を選んだ。
「緑、っぽい」
阿部くんは、パソコンを操作しながらふふっと笑うだけだった。
「え、答え教えてよ」
「これだけ?」
「はぇ?」
「借りるのは、この絵本だけで大丈夫?」
「ぁ、う、うん…」
「名前は?」
「ぇっ?」
「貸出カード作るの、コードに君の名前紐付けないと」
「ぁ、め、目黒…」
「めぐろくんね。…目黒、蓮くん?」
「ぁ、うん…」
なんとも捉え難い。
阿部くんのペースはとても自由で、それこそ自由というものに憧れている俺としては、彼のその性格もまた魅力的に映った。
本を裏返しにして、貼り付けてあるバーコードを読み取ると両手でそれを手渡してくれる。
受け取って片手に持つと、阿部くんは急に立ち上がった。
「そろそろ締める時間なの」
「ぁ、そうなんだ…」
途端にガッカリした気持ちになる。
もう少し一緒に過ごしたかったと思っていたので、突然にこの時間の終わりを告げられては、心の中は物足りなさでいっぱいになった。
「ねぇ、明日もここにいる?」
カウンター奥の倉庫部屋の鍵を閉め、部屋中のカーテンも閉め始めている阿部くんの背中に向かって声を投げた。
阿部くんは、「うん、どうして?」と遠くから俺に尋ね返す。
そう聞かれると、困ってしまう。
そんなこと、俺には分からなかった。
どうして明日阿部くんがここにいるかを聞いたかなんて、どうして阿部くんに明日も会いたいと思っているかなんて、全然説明できそうになかった。
ただ、俺の心と体が、この人とずっと一緒にいろと、そう言っているように思えてくるのだ。
この気持ちの正体を知りたいような気がするから?
この人のことをもっと知りたいから?
この人の自由さに憧れたから?
──…いや、違くないけど、そんな感じじゃない。
存在しない言葉でしか表現できないものを、言うなれば、俺の本能が阿部くんの中に「何か」を感じている。
うまく言えないけれど、確かだった。
ありきたりな答えかもしれないけれど、伝えてみてもいいだろう。
これが、今の俺の「気分」だった。
図書室の一番奥にある、残り一枚のカーテンに手を伸ばしている阿部くんの側まで近付いて、こちらを振り向かせた。
「好きになった。阿部くんのこと」
衝動的に、その右頬に触れてみる。
瞬間的に濃くなる、その、匂いに──。
ぞく…っ、とした。
今まで、あんなに落ち着き払っていたのに。
阿部くんの目が、見開かれていく。
その頬が、熱くなっていく。
──へぇ、こういう顔もするんだ。
勝手に細まっていく自分の目が、そんな愉悦に浸る。
身体が、心が、疼く。
可愛い。このまま全部──
──食べてしまいたい、と。
…しかし、艶やかな色香にあてられ、呆けていられたのも束の間のことだった。
阿部くんは突然俺から顔を背け、掴んでいたカーテンを勢いよく締めると、早足で出口の方へ向かっていった。
「ごめん、早く出て…っ」
「え?」
「明日も来るなら、放課後はずっといるからっ…」
「ぁ、ぁあ、はい」
焦ったようなその声に、どこか突き放すようなピシャリとした温度を感じた。
フラれてしまっただろうかと思ったが、明日も俺が図書室に来ることを拒んでいるような言葉ではなかった。
困惑に満たされた海の中で、ますます阿部くんを知りたくなった。
これ以上はここにいない方がいいんだろうと思い、カウンターに置いていたカバンと絵本を持って、その場を後にする。
振り向きざまにこっそりと盗み見たそのゴムの色は、緑だった。
「なんだ、正解だったんじゃん」
そう呟いた俺の声は、ここ最近で一番弾んでいるように聞こえた。
「…っふ、は、ぁ…はぁっ、はっ…」
荒くなる呼吸を早く落ち着かせたくて、何度も吸っては吐いてを繰り返す。
図書室の前方にあるカウンターまで、床を這って進んでいく。
隅に置いていたカバンを手繰り寄せて、中に入っているものを全て掻き出し、底の方に沈んでいたスマホを取り出す。
(あいつ…まだ学校にいるかな…)
トークアプリの中、メッセージ欄の三番目、「次、ケーキ食い放題行こうぜ!」のやり取りで終わっていたところをタップして、文字を打っていく。
『ふっか、ごめん、やばいかも』
それを送るだけで、精一杯だった。
スマホを手から床へと滑り落とす。
カタカタと震えているはずなのに、急激に火照っていく体を抱きしめてやり過ごしていると、ポシュッと鳴る効果音が聞こえてくる。
閉じずにそのままにしていた液晶には、SOSを出した友人からの返信があった。
『すぐいくわ いつものとこっしょ?』
『うん』とだけ返すと、再びスマホをその辺へ放り、本格的に蹲る体勢を取った。
身体の調子が酷く悪い。
夏でもないのに、全身が火傷しそうなくらい火照っている。
熱でも出たのかというくらいに、全身が重怠い。
そして、耐えられないほどの寂しさに心が支配されている。
悲しいことなんて何も無いのに、涙が溢れる。
「ぁっ、ふ…ぅ”、ん”ん”ぅ”〜ッ…!」
ぐずぐずと鼻が鳴って、呼吸が堰き止められる。
苦しくて仕方がなかった。
──いきなりなんで…!?今までなんともなかったのに…!!
一つだけ、思い当たることがあった。
でもそれは、一番当たっていて欲しくない予想だった。
──さっきの子、やっぱり…。
「そんなわけない。そんなわけないんだ」と、そればかりを頭の中で唱え続けた。
独り言を呟きながら、楽しそうに絵本を読んでいたあの子。
こちらを振り返った彼と目が合った瞬間、直感した。
この子とはきっと、波長が合ってしまう、と。
「ただの勘違い」と言い聞かせ、注がれる彼の視線から逃げ続けた。
出逢ったことを有耶無耶にするために。
俺のことばかり聞いてくる彼に、こちらの動揺は気取られないようにと強く意識しながら、答えになっていない答えばかりを渡し続けた。
俺という存在を煙に巻くために。
抗わなければいけないと思ったから。
「好きになった」と言われた瞬間、頬に触れられた瞬間、悟ってしまったのだ。
──覆せない運命、というものを。
射抜くような、その瞳の奥の輝きに戦慄いて。
どうしよう。きっと全部──
──食べられてしまう、と。
そんな怯えに囚われた。
:
:
「ぁーりゃりゃ、こりゃぁしんどかったねぇ」
唐突に頭上から降ってきた声に一安心して、右手だけをノロノロと挙げ、応答した。
「ついに来ちゃった感じ?」
「…ん、ぅ”…ぐすっ…」
「なぁんで泣いてんのよォ」
「知らない”っ…勝手に”出てくるのぉ”…」
「薬は?」
「な”ぃ”ぃ”っ」
「だぁから言ったでしょぉ?いつ来てもいいように持っときなって」
「へぃきだって…思っでたんだも”ん”〜っ、ひぐっ」
「薬今どこにあんのよ?」
「ぃぇ…っふ…、はっ、はぁ…はぁ…っ…」
「ったく…。さぁて…どうすっかねぇ…」
ギュッと目を瞑り、茹だるような熱に耐え続ける真っ暗闇の中で、友人──深澤辰哉の声に耳を傾ける。
「とりま家連れて帰るとしてー…」
「俺じゃ運べないっしょー?」
「誰か呼ぶっきゃねぇか」
「佐久間ぁー…はダメか。最近彼女できたっつってたし、」
「俺でも全然分かるぐらい匂いしてるもんなぁ。この感じだと、あいつ呼ぶのはヤバいか」
「そしたらあいつしかいねぇか」
「あべちゃーん、聞こえるー?」
独り言のボリュームでは無いそれに、「ん…」と小さく返事をすると、ペタ…と一つ足音が鳴った。
「ちょっと電話してくっから待っててー?」
「やらぁ…ここれ、して…、ひとり、やぁ…」
気怠いせいで、呂律も回らない。
こんな子供みたいな話し方で我儘を言ってしまっていること自体、嫌で嫌で仕方ないが、今は自制が効かなかった。
「あいよ。手ぇ繋いどく?」
「ん、、、」
気休めでもいいから、今は誰かの体温を感じていたい。
何も言わずともそれを分かってくれる友人がいることを、今日ほど尊いと思ったことはないだろう。
タップ音が三つほど鳴ったあと、少しの間があってから、ふっかはひとりでに話し始めた。
「ぉー、お疲れー、照さぁ、今からさぁ、部活早退できるー?」
「ぅんー、ちょー緊急のミッションあってさぁ」
「そーそー、とりま図書室来てよ」
「…そゆこと。んじゃ待ってっからぁ、はーい、んじゃねー」
「担いでくれる奴来てくれっから、もうちょっと頑張って」
「ん”…ぁりがと…っふ、ぁ…ぅ…」
「ん、辛いね、しんどいね、頑張れ頑張れ」
「ほんとに、っは、ごめん…今日はバスケ部、だっけ…?」
「謝んなくていいのよ。今日は美術部と料理部」
「そ、か…」
「“翔太”って奴が美術部にいんだけどさぁ、テキトーに絵描いてたらそいつに「真面目にやんねぇなら帰れ」って怒られちったよ」
「ん…」
「料理部も他の部活と同じで、頼まれて数合わせで入ったんだけどさ、そもそも俺料理できねぇから、食う専ならいいよっつって入ったんだよねぇ」
「ぅん…」
「そこに“舘さん”って子がいてさ、その子が焼いてるスコーン待ってたら、阿部ちゃんから連絡もらったって感じ」
「その、ふたり、は、、っふ、にねんせ…?」
「そー、部活で仲良くなったの。今度紹介するよ」
「ぃぃよ…あんまり、人付き合いは…っ…」
「ぇー、絶対ェ阿部ちゃん好きな子たちだと思うんだよねぇ。関係性めっちゃおもろいから。話してみ?」
「ん…いつか、ね…」
「話す気ない奴が言うやつよ?それ」
「らって…しらないひと、だもん…」
「ぁーそうそう、なんかそいつら、佐久間とも関わりあるんだって」
「そ、なの…?」
「んー、らしいよ。まだ詳しくは聞いてないんだけどさ」
ふっかのよく回る口は、時には役に立つらしい。
彼からは何気ない学校生活の話を日常的に聞かされているが、普段であれば小説を読みながら右から左へ流していたところだ。
が、今はいつもと変わらないその雑談が、飛びかけの理性をギリギリのところで踏み止まらせてくれている。
彼、そして彼らの性質上、こちらのことを理解して良い対処法を考えること自体難しいものがあるだろう。
俺だって、こんなこと初めてで、どうしたらいいのか、何も分からない。
これが、たくさんあるふっかの美点の一つだと思っている。
誰にとっても一番心地の良い付き合い方、距離の取り方、触れ方を感覚で掴むことができる人、そんな風に思う。
だからこそ、彼といるときはいつだって居心地が良い。
ふっかと出会って三年目になるが、調子に乗るだろうから、未だ彼に直接伝えたことは無い。
「ごめんお待たせ、阿部ー、大丈夫そぉ…じゃないね」
「よー照、急にごめんねー、俺じゃ担いであげらんなくってさー」
「とりあえず帰ろっか。阿部、おんぶするから背中寄りかかって?」
「ん…むり…ふっかぁ…おこして…」
「へぃへぃ、赤ちゃんみてぇだな」
「ふ、か…きらい…」
「ごめんて、ギャップがかわいいって意味よ」
照の背中までふっかに運んでもらい、そこからは完全におぶさってもらっている状態で図書室を後にした。
学校からの帰り道、三人分の荷物を持ってくれているふっかは、相変わらず始終喋り倒している。
ぼんやりとした頭でそれらを話半分に聞いていたが、一方では、もう一人の友人──岩本照の首元に顔を埋めながら、別のことを考えていた。
…いや、今の俺は何かを「思考する」という機能が全てショートしてしまっている。考えているわけではなさそうだ。
むしろ、「感じている」と言った方が適切かもしれない。
──これじゃない。
その言葉だけが、全身を駆け巡っていた。
これまで生きてきたいつもの俺ではなくて、ずっと体の中で眠っていたもう一人の「俺」が、突然目を覚まして、何かを激しく求めているような感じだった。
その「何か」を、俺はもうしっかりと分かっていた。
でも、今はまだ思い出してはいけない気がしていた。
「これ、やばいな…」と呟く照の声が、なんとか精神を保たさせてくれる。
ふっかも照も、耐えられないほどではないだろうが、きっとそれなりに感じている。
決して認めたくない、俺の中にある“それ”に。
ずっと、何も起こらなかったらよかったのに。
そう思わずにはいられなかった。
自宅の玄関先で照の背中から降ろしてもらい、二人にやっとの思いで手を振りつつ、か細い、しかしこれで限界である声量で「ありがとう」と伝えて、中に入った。
四つん這いで階段を昇り、廊下を這い、なんとか自室まで辿り着く。
学習机の上にある小さなチェストの三段目にしまっていた錠剤を、ガタガタと震える手で二粒取り出して口に放り込む。
通学カバンから水筒を取り出し、急な角度をつけて一気に煽ると唇の両端から含みきれなかった水滴がこぼれ、つぅ…と首元まで伝っていった。
初めて服用したので、どのくらいで効き目があらわれるのか分からない。
重く熱い体をベッドに横たわらせ、軽く仮眠を取ろうと決め込んだ。
一人になったことで気が緩んだのか、先程のことが自然と思い出される。
──めぐろくん、だっけ…。
──……あの子の………匂い…。
「っ、、!ぁッ…っく、ふ…、ん”ッ…」
あの指に撫でられた瞬間に強く香ってきたそれを思い出しただけで、体は余計に熱を帯びる。
叫ぶような衝動ばかりが募る。
その渇望にも近い切なさから逃げるように、頭まで布団を被り、限界まで体を丸めた。
薬の副作用か、次第に眠気が襲う。
眠りにつく直前、「誤魔化し続けなきゃ」という言葉が自然と浮かんだ。
To be continue…
コメント
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初めてコメント失礼致します🙇 以前より作品拝読しておりまして、いつも時間を忘れて読んでしまうほど楽しませていただいています🫶まだ序盤かと思いますが、すでにドキドキが止まりません🥰

こんなにストーリーが気になるオメガバは初めてです。とってもドキドキする!(小並感)
最高です。 オメガバ大好きなので。二人のこれからの展開が楽しみです 続き楽しみに待ってます。