やっぱり勝てない

「諦めろ」「一生負けとけ」深澤と渡辺からのあまりにも手厳しい（しかし的確な）アドバイスに、阿部亮平は納得できなかった。

💚でもやだぁ！一回くらいは勝ちたい！

楽屋の隅で駄々をこねるように呟く阿部の姿は、Snow Manのブレインというよりは、おもちゃを買ってもらえない子供のようだった。

💚（そうだ、相談相手が悪かったんだ。

もっとこう…親身になってくれる人に…）

阿部は、きょろきょろと楽屋を見渡す。

そしてソファの反対側で、二人仲良くスマホゲームに興じている、目黒蓮と向井康二に白羽の矢を立てた。

💚…ねぇ…めめ、康二

おずおずと声をかけると、二人はゲームから顔を上げる。

🧡ん？どしたん阿部ちゃん

🖤…どした？悩み事？

その優しい反応に、（こっちが正解だった！）と阿部は確信する。

💚俺、どうやったら佐久間に勝てると思う…？

先ほどと全く同じ質問。

しかし、阿部の真剣な表情を見て、

康二は「おおっ！」と目を輝かせた。

🧡なるほどな！恋愛相談ってやつやな！

💚ち、違うよ！これは、勝負の話で…！

🧡まあまあ、ええやん！男と男の真剣勝負やろ！任せとき！

康二は、自分のことのようにぐっと拳を握りしめる。その隣で、目黒も腕を組み、真剣な顔で「…なるほど」と頷いていた。

💚（いける…！この二人なら、きっと画期的な作戦を…！）

阿部が期待に胸を膨らませていると、康二がポン、と手を打った。

🧡決めたわ！阿部ちゃん！

さっくんの好きなアニメ、全部見るんや！

💚…え？

予想の斜め上を行く提案に、阿部は固まった。

🧡さっくんはな、アニメが全ての基準やねん！だから、阿部ちゃんがさっくんよりアニメに詳しくなったら、『マジか！阿部ちゃん、すげぇ！俺の完敗だー！』ってなること、間違いなしや！

💚いやでも、それはクイズであって…

僕が勝ちたいのは、そういうことじゃ…

阿部が反論しようとすると、今まで黙っていた目黒が、静かに口を開いた。

🖤いや

🖤康二の言う通りかも

💚え、めめも！？

目黒は、真剣な目で、阿部を見据える。

🖤結局、佐久間くんに勝つってことは、佐久間くんを喜ばせるってことなんじゃない？

💚…え？

🖤佐久間くんが、心の底から『参りました！』って言う時って、自分が負けた時じゃなくて、自分の好きなもので、相手が自分以上に楽しんでくれた時だと思う

それは目黒なりの、不器用で、しかし本質を突いた分析だった。

🖤だからもう、 勝ち負けとかそういうのもういいんじゃないすか

🖤阿部ちゃんが、佐久間くんと一緒に心の底から笑ってれば、それが一番の“勝ち”なんじゃないすか

目黒のあまりにもストレートで、あまりにも優しい言葉。

それは、深澤や渡辺の冷たいアドバイスとは違う形で、阿部の心にじんわりと染み込んでいった。

勝つこと。

それは、相手を打ち負かすことじゃない。

佐久間を世界で一番、幸せな気持ちにさせること。

それができたら、それは紛れもなく自分の「勝利」なのではないか。

💚…そっか…

阿部の口からふっと、息が漏れる。

目の前の霧が、すっと晴れていくような感覚だった。

💚…ありがとう、康二、めめ。なんか、分かった気がする

吹っ切れたような顔で笑う阿部に、康二も「せやろ！」と自分のことのように嬉しそうに笑う。

🧡よっしゃ！ほな、早速アニメ見るで！まずは、俺のオススメの異世界転生モノからや！

💚あ、うん、ありがとう…

結局その日から、阿部のスマホに、康二と佐久間から大量のアニメのオススメリストが送られてくるようになった。

佐久間に「勝つ」ことは、もう、どうでもよくなっていた。

ただ、次に佐久間と話す時「あのアニメ、すごく面白かったよ」と、心の底からの笑顔で伝えること。

それが今の阿部にとって、一番の目標になった。

そしてその時、きっと佐久間は最高の笑顔で、「だろー！？」と言うのだろう。

その顔を思い浮かべるだけで、阿部の胸はどうしようもないほどの幸福感で満たされるのだった。

勝てないゲームの必勝法は、案外すぐそばに落ちていたのかもしれない。