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「聖女さま、彼奴気をつけた方が良いよ」
「分かってるんだけどね、もう付きまとわれちゃって」
「聞えてるよーエトワール」
「地獄耳!?」
かなり距離が離れているはずなのに、何故かラヴァインは私とルフの会話を盗み聞いていた。どれだけ地獄耳なのかと、魔法を付与しているから何じゃないかと色々考えたが、こんなこと考えるだけ無駄だと途中で考えることを放棄した。
伯爵には三日後に船を出して欲しいと話を付けてきて、それから、少しだけお茶を……と言う話になったのだが、ルクスがラヴァインの魔法を見たいと、彼の魔力に気づいたらしいルクスが話をして、今二人は離れて魔法の特訓をしている。と言っても、ルクスがラヴァインに一方的に聞いているだけなのだが、ラヴァインも何故か快く受け入れていた。どういう風の吹き回しだろうと、怖くなるぐらいには。
まあ、それで、私とルフレは二人離れてあの二人の魔法が飛んできても大丈夫な場所でお茶をしているわけだが、ルフレは、未だラヴァインへの警戒を解いていないらしい。まあ、あんな風に言われたら疑うのも無理はない。
ルフレは、魔力が少ない方だから、ああやって教えて貰おうとしないし、どちらかと言ったらグランツやアルバの方に興味があるらしい。でも、今は劣等感を抱いていないとか。自分に出来る精一杯のことをして、生きていく。そう、ルクスにも言ったらしい。強くなったなあ、何て子供の成長に感動する親みたいな感想しか持てなかったのだが。
「矢っ張り、彼奴危ないって。聖女さま」
「でも、彼奴と一緒にラジエルダ王国行くんだよ?」
「う……それは」
ラジエルダ王国に行くか、ラヴァインと一緒にいるのをやめるか天秤にかけたとき、若干ラジエルダ王国に行きたいという気持ちが強いようで、ルフレは口ごもっていた。
まあ、そりゃ、遠足とかあまりいかなさそうだし。手に入れようと思えば何でも手に入るから、家にいても不自由ないのだろうけど。こうやって、遠いところにいく機会というのはあまりないのだろう。だから、この機会を逃せないと思ったんだろう。
その発想は子供らしくて可愛いと、今回も思う。
「ラジエルダ王国って、そんなに興味あるところなの?」
「うーん、噂で、魔力量が増えるって聞いて。それで、生きたいなって思った……それだけ」
そう、ルフレは言うと、そっぽを向いてしまった。
幾ら、劣等感を強く抱かなくなったからと言って、魔法、魔力への執着がなくなったわけじゃなくて、今でも魔力がもっとあればと思っているようだった。だから、そんなうっすい噂話を耳にして、いきたいと。そういうことらしい。
私はルフレを見てフッと笑った。それを見られたのか、ルフレは「何笑ってるの」と眉をつり上げる。
「ううん、可愛いところあるなーって思って」
「か、可愛く何てないし。それに、格好いいって言われた方が、嬉しい……」
もごもご、と最後の方は聞えにくかったが「格好いい」と言われたいらしい。でも、格好いいところとか、まだ分からないし、どちらかと言えば可愛い部類だろ。ピンク色の髪の毛で瞳が大きくて、まだ成長途中で。私からしたら可愛い子供である。
でも、男の子として、格好いいと言われたい、そういうことだろう。
「じゃあ、私に格好いいところ見せてよね」
「う、うん。いつか見せてあげるから!そしたらその時は――――」
「何か言った?」
「ううん、今は教えない」
と、悪戯っ子のように笑うルフレ。
何を言ったか気になるところだったが、私は聞かないでいた。しつこいと怒るっていうのは知っていたし、何よりも、ルフレは、かっこつけていたい年頃だから。
「それで、聖女さま……彼奴のことなんだけど」
そう言って、今度はラヴァインの方に視線を移した。
やはりラヴァインのことが気になって仕方ないらしい。ルフレやルクスは、ラヴァイン・レイの事を知らないのだろうか。と、貴族の中ではよく立つ話だと思っていたのだけど。
(まあ、家門が家門だからかもだけど……)
伯爵が、危ない話は彼らの耳に届かないようにしていたから、ラヴァインという闇魔法の家門であり、危険な存在の事を隠していた可能性は大いにあり得る。ブライトですら、会ったことがないとか言っていたようなものだし。ラヴァインは、アルベドよりも顔が知れていないのだろう。
そう思うと、アルベドって有名人だったのか、と今更ながらに思った。
攻略キャラだから、と私は言えるが、他の人はそうではないから、複雑である。
「ああ、ラヴィの話?」
「愛称で呼んでるの?え、矢っ張り浮気なんじゃ……」
「何で、愛称だって分かったのよ。だから、浮気じゃないし」
ヒカリに聞いた。とすぐにネタばらしされて、何だと思いながら、ラヴァインという名前は聞いたそうだ。だけど、名前なんかどうでもよくて、ルフレはどうしても、ラヴァインのことが引っかかるようだった。そりゃ、そうだろうけど。
「ラヴァイン・レイってあの紅蓮の髪のアルベド・レイ公爵の弟なんでしょ?」
「まあ、そうだね」
「あまり、顔出さないから分かんなかったけど、どこかであった気がして。でも、記憶喪失だって聞いたから、彼奴から聞き出すのは無理かなとか思って、訳わかんなくなっちゃって」
と、話すルフレ。
聞いてどうしたいのだろうと思ったが、その言葉は言わずにおいて、私は返答に迷う。
(私は知ってるけど、教えて良いものか分からないし、過去の事と言えばそれでいいのかもだけど、うーん)
「知ってるなら教えて欲しい」
そう言われて、矢っ張りさっきのどうして聞きたいのかと、聞いてから答えようと思い、私はルフレを見た。ルフレはまた肩をビクリと動かした。小動物みたいだなあ……と思っていると、頭の中でリュシオルが「小動物は貴方よ」と言ってきたので、ルフレも私も小動物かあ……何て、思いながら、口を開く。
「知ってどうしたいの?」
「えっと、えっと……あーえっと、モヤモヤを解消したいだけ」
「そう。何かあるって訳じゃないの?」
「うん。でも、彼奴危険だし、危ない奴って本当に分かったら、ルクスのこと今すぐ連れ戻しにいく」
一応は、目と鼻の先にはいるんだけど、兄弟思いなんだ、とあのわだかまりを乗り越えて、成長したルフレを見て、また嬉しくなる。
危険な奴だったら、と言ったが、もう危険な奴認定しているから、それでいいのではないかと思った。だが、ルフレとして、人を見極める目がまだ備わっていないからと、私に助けを求めて来ているらしい。
そんな助けをしないわけがなくて、私は少しだけヒントを出す。
「何処であったとか、具体的には覚えてない?」
「具体的に、何処であったか……えっと、似たような奴。顔は分かんないけど、声というか、雰囲気が、あのオークションにいたときの奴に似てた。ほら、ルクスのこと競り落とそうってしてきた奴」
と、ルフレは答えた。
もう、それは的をえているんだよ。と、口から出そうになって下唇を噛む。
分かってるなら、私は言わなくて良いんじゃないかと。でも、目の前のルフレは、どう? 知ってる? と訴えかけてきている。
「聖女さまも、覚えてるよね。ね!」
「うーん、確かに似てたけど」
「だって、お金無いとルクスの事なんて競り落とせないじゃん」
返す言葉もございませんだった。私が、ここでうんと頷けばそれで満足なのだろうか。それとも、まだ何か聞きたいことでも、知りたいことでもあるのだろうか。
「だから、彼奴かなあって思って。公爵家だし、お金持ってそうだし」
「う、うん」
「聖女さま、彼奴って危ないんだよね。記憶喪失って言っても、そういうのって出ちゃうんじゃない?」
そう、ルフレは言って真剣に見つめてくる。その目は、私のことを気遣っているようで、心配しているようで、邪険に扱う事なんて出来なかった。
(確かに、ルフレの言うとおりだけど。悪い奴って今じゃ分からなくなってきている)
ここ数日、彼と生活してきて。確かに嫌な奴だし、笑顔が信用出来ないのは相変わらずなんだけど、それでも、本当に悪い奴なのかって思うときがある。だって、たまに彼も子供のような顔をするんだから。親に捨てられたような、そんな寂しげな顔。口では軽そうに記憶が戻ればいいって言っているけれど、本気で取り戻したいんだって言うのは伝わってくるし、あの頃の彼と違うって言うのは分かる。
けど、過去にやってきたことは消えない。
「今は良い奴だよ。完全にって言えないのはあれだけど。本当に悪い人なら、騙して傷付けてるよ。きっと」
「聖女さま……」
「それに!一緒にラジエルダ王国行くんなら、警戒ばっかりじゃなくて仲良くなる方法を見つけようよ。危なくなったら、それこそ私だってルフレの事もルクスのことも守るし。私聖女だから!」
何て、久しぶりに自分は聖女だって言った気がする。
それを聞いて、ルフレは「何か子供っぽい」と吐き捨てる。でも、嬉しいって顔に書いてあるのが分かって私は胸をはった。
ラヴァインが記憶を取り戻したときどうなるか分からないけど、記憶が戻った彼には聞きたいことがある。だからこそ、私は今ラヴァインから距離をとるわけにはいかないのだ。
「聖女さまって、ほんとお人好しだね」
「皆言うけど、そうなの?私って、結構冷めてない?」
「えーそういう無自覚なところきらーい。お人好しだもん。ほんとイライラするぐらい」
「イライラしないでよ……」
何処に、イライラスイッチがあるのか分からないけど、ふて腐れたようにルフレは言う。
皆私のことをお人好しと言うけれど、私はそんな優しい人間じゃない。
どちらかと言えば、冷たい人間だ。
そう、自分で思いながら、魔法の特訓を終えたルクスとラヴァインが戻ってくるのを遠目で見つめていた。