テラーノベル
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不満というものは、外に出せなければ一生心の中に溜まっていって、体を真っ黒く蝕んでいく。消化されないばかりか、毎日少しずつ積み上がっていく鬱憤は、天高く重なっていって、そろそろバランスを失って崩れてしまいそうだった。
「翔太、お待たせ!」
「おー、お疲れー」
今日は買ったばかりの服を着て恋人の翔太とデートに行く。
目一杯おしゃれした。首元の襟が大きく開いた薄手のニット、背中の方もゆとりを持ったデザインのもの。自分の中では結構大胆なものを選んだなと、翔太は褒めてくれるかな、と何度目かの淡い期待を持ちながら、翔太の反応を待っていた。
しかし、翔太は何も言わずに、スタスタと歩いていってしまった。
慌てて追いかけるが、同時に心の中にはまた、モヤモヤが溜まっていった。
…やっぱり納得いかない。今日の俺かわいいでしょ!?すんごいおしゃれしたんだよ!?
絶対可愛いって言わせてやる。
「ねぇ、翔太!!」
「んぁ?」
「今日の服どう!?」
半ばキレ気味に質問する。
翔太は「あー…」と言いながら俺の全身を見て、
「うん、かわいいかわいい。」とただ一言だけ言った。
またこの反応。ねぇ、、もうやめてよ。その子供騙しみたいなとりあえずの褒め言葉。全然気持ち込もってないじゃん!!そういう可愛いじゃない!
俺が満足する方法なんて全部わかってるみたいな、適当に、片手間で扱われるこの感じ、すっごく腹立つ!手も繋いでくれないし、一人でスタスタ歩いていっちゃうし、なんなの!?
「なんか機嫌悪い?どうした?」って聞いてくるけど、無神経な感じにもすんごいイラッとする。
お前のせいだよ!!!
ハグしたい、キスしたい、イチャイチャしたい、ってかわいくねだっても、いつも「今日疲れてるから明日ね」って、翔太は断ってくる。
いつだって時は今!場所はここしかねぇんだよ!!その自分都合な感じなんなの!?
その心の中に、俺なんていないみたい。
…もしかして、俺のこともう好きじゃないの…?
だって、、告白してくれたの翔太からだったよね…?
「阿部ちゃんのこと好き、付き合って」って、顔真っ赤にしながら言ってくれたじゃん。
それからは毎日好きって言ってくれたり、抱き締めてくれたり、たくさん愛してくれたのに、今なんでこんなふうになっちゃったの?
告白してくれたことはびっくりしたけど、とても嬉しくて、俺はその告白を受けた。
いつの間にか俺は、付き合いたての時からは想像できないほど、どんどん翔太のことが好きになっていった。
反対に翔太の気持ちは、どんどん落ち着いていって、あの頃の翔太の気持ちと今の俺の気持ちは反対になったみたいだった。
…まさか、、浮気してないよね…?
スマホを操作している翔太が、なんだか疑わしく思えてきて、スッと目を細める。
誰かと連絡取っているのか、俺とのご飯の時間が終わったらそのまま解散して、その後すぐ誰かと会うのか。そもそも、俺と今デートしてるっていうのに、なぜずっとスマホばかり見ているのか。これ、デートだと思ってなかったりするのか。全てが気になって仕方がない。
あーぁ…せっかくおしゃれしてきたのに、全然見てくれなかったな…。
俺はなんて、かわいそうなんだろう。
何したってこんなにも浮かばれないんだ、少しくらい悲劇のヒロインぶらせて欲しい。
もうずっと、俺だけがぐるぐると翔太への気持ちに振り回されている。怒りたくて泣きたくて、好きって言って欲しくて、言わなくてもいいから好きを見せて欲しくて、そんなぐちゃぐちゃの衝動に苦しくなるばかりだった。
この間だってそう。バラエティ番組にゲストで来てくださった綺麗な女性には、鼻の下を伸ばしながらたくさんかわいいって言ってた。そのくせ、俺にはなんの気持ちも込めずに、放り投げるみたいにしか、かわいいって言ってくれない。
そっちじゃない!!俺のこと見てそう言ってよ!!
俺が注ぐやきもちの視線なんて気づかないフリして、翔太は笑っている。
こんなに虚しいことって他にあるだろうか。
ただ発しただけの「すき」の二文字に泣きたくなる。淋しくてたまらない。
この先も、翔太と二人で幸せでいたかったのに。翔太と、これからもいろんなところに行って、たくさん二人で楽しいことをして…って、翔太と見たかった夢がいっぱいあったのに。
あの日俺に言ってくれた翔太の「好き」は、今の俺からしたら、とんでもない特大の嘘にしか思えない。ただ一途に翔太のことだけを想ってきた俺の心は、今日も翔太のせいでぽっかりと穴が開いてしまった。
泣きたい、辛い、淋しい…。
翔太からの愛が足りない!!!!!
なんの気持ちもこもってない言葉にも、あの日の翔太の告白とのギャップにも、もう懲り懲りだ。
そっちがその気なら、こっちだって仕掛けてやる。俺が、いつまでも大人しく翔太がいつか向けてくれるかもしれない愛情を、ただお座りして待っているだけのやつだなんて思ったら大間違いなんだから。
そんな小さな復讐心を持って、俺はめめのところへ向かった。
「ねぇ、めめ?」
「ん?どうしたの阿部ちゃん」
「よかったら、今日二人でご飯食べにいかない?」
「いいね!行こう!阿部ちゃんとご飯行くの久しぶりだね」
めめと二人で楽しく会話をしている中、翔太がこちらをじっと見ているのを横目で確認する。
さぁ、翔太はどうするのか。これで、全然反応がなかったらどうしようと、一抹の不安を覚えつつも、もう少し翔太を泳がせることにした。
こんな、めめをだしに使って翔太の愛情を量るなんて、今とても悪いことをしている気がする。
いや、毎日不安にさせる翔太がいけないんだもん。
今日は俺が翔太を追いかけるんじゃなくて、翔太から逃げ回ってやる。
ほら、俺を捕まえて…?
「ほんとね!あ、めめ、ちょっと顔こっちに…」
「ん?」
めめは素直に顔を寄せてきてくれる。俺もめめの近くに顔を寄せて、囁くように伝える。
「ほこり、ついてた」
「何かと思った、ありがと」
体勢は変えないまま、至近距離で二人で静かに笑い合った。
今日ご飯を食べにいくお店をめめと決めていると、不意にめめが席を立ち、後ずさった。
なんだか慌てていて、どうしたんだろうと思っていると、後ろから強く腕を引っ張られて、椅子が倒れる。バランスを崩しそうになった俺を、翔太が抱き寄せた。
そのまま楽屋にある畳の上に転がされて、深く口付けられる。
「ん“んッ!?…っふ、しょ…たぁっ…な、に…んむッ…!」
「黙って」
「ん、ふぁッ…や、、」
今、何が起きてるの?
翔太にキスされてるってことはわかるんだけど、なんでキスされているのかがわからない。気まぐれ?いや、気まぐれだとしても楽屋ではしないほうがいいんじゃない?
久しぶりの翔太の温もりに体は喜んでいるのに、気持ちがそこに追いつかない。
もし本当になんの理由もなく、今こうして触れてくれているのなら、なんだかそれは悲しい。訳もなく、気が向いたから、くらいの感覚で、俺の心ごと全部奪わないで。
俺のことなんて興味ない、みたいな態度ばっかりするくせに、こうやって急に求められると、なんだか気持ちが全部ぐちゃぐちゃになりそうだった。
俺のこと好き?好きじゃない?どっちなの?
そんな疑問が浮かぶと同時に、目の前でガツガツと俺を貪る翔太にひどく興奮した。
いつもそうやって、俺を全身で求めてよ。
せっかく見つけた俺と翔太の愛を壊してしまうなんて、とても苦しい。
そんなことはしたくない。
俺と翔太との間にできた気持ちの隙間に、二人でもう一度恋を注ごうよ。
俺の好きをもっとわかってよ。
俺も翔太の気持ちを知りたいの。
どうして今キスしてくれてるの?どうしてしたいと思ってくれたの?翔太の全部教えてよ。
二人でいっぱいに満たそうよ。
俺のこと、もっと翔太の愛で満たしてよ!!!!
唇が離れて、翔太の顔がよく見えるようになった。
苦しそうに眉を寄せている。
「ごめん、頭冷やしてくるわ」
そう言ってどこかへ行こうとする翔太の腕を掴んだ。
そっちじゃない!逃げないで、こっちに来て…?
難しそうなことを考えているような顔をする翔太に、俺は少し笑みを溢す。
翔太との恋は結構楽しいかも?
俺の中の理想は、毎日翔太と好きって言い合って、はちみつに漬けたように甘く溶けていくような恋をすることだったけど、こうやって追いかけて逃げて、捕まってを繰り返してバタバタするのも悪くないかも。
「どうかしたの? なにか思うことがあるなら教えて?」
「いや、別に…なんでもない」
もう、ほんとにずるい。言わなければ、恥ずかしい自分の気持ちが俺に知られずに済むって思ってる。バカな翔太。全員の前で夢中でキスしてる時点で、俺たちはもうだいぶ恥ずかしいのに。
おしゃれしたって、あざとく迫ってみたって、多分翔太には効かない。
でも、翔太の中には、まだ俺に執着する何かがあった。
今はそれだけで十分だと思うことにしよう。
その何かはまだわからない。
なら、その執着はどこから来ているのか、なにから生まれているのか、突き止めてやる。クイズは得意だから、翔太がそばにいてくれる限り、ずっと翔太から出されている謎を解き続けてやる。
そんなことを考えながら、翔太と見つめ合っていたら、突然翔太は口を開いた。
俺の彼女はとんでもなくかわいい。
そして、自分が可愛いのを十分に知っている。
だから、何をすれば自分が一番可愛く見えて、どう振る舞ったら人の目に自分が一番魅力的に映るかをよくわかっている。
そんな阿部ちゃんの策に、俺はまんまとハマって恋に落ち、告白した。
きっと叶わないだろうと思っていたが、意外にも阿部ちゃんは俺の告白を受け入れてくれた。嬉しくて、絶対に大切にすると決めた。
小っ恥ずかしくても好きって伝えるし、かわいいって言ってたくさん抱き締めた。
でも、ある時から、阿部ちゃんは一段と可愛くなった。
どんなきっかけがあったのかはわからない。ただ、俺を見る眼差し、俺と一緒にいる時の仕草一つ一つ、幸せそうに笑う顔。全部可愛く見えて、もうダメかもしれないと思った。
俺を誘惑するように上目遣いで見つめてくるたびに、阿部ちゃんをぐちゃぐちゃにしたくなった。露出が多めの服を着てくるたびに、理性なんて全てかなぐり捨てて、今すぐこの場で押し倒してめちゃくちゃにしたくなった。
自分の気持ちを表に出すことが得意じゃない。今の状態だって、十分に恥ずかしいのに、これ以上外に自分の気持ちを吐き出すなんて、とてもじゃないができそうになかった。
いつからか、阿部ちゃんへの気持ちを抑えながら、付き合うようになった。
そうでもしないと、傷付けてしまいそうだった。
こんな可愛い子にそんなことできない。ましてや、スマートな愛情表現なんてものも苦手だ。それでも一緒にいられれば幸せだから。
自分の欲望と、自分の理想に絡め取られて、そうしている間に身動きが取れなくなった。
そんなとき、楽屋で親しそうに目黒と話している阿部ちゃんを見て、とてつもなく腹が立った。
楽しそうに顔を寄せ合っている二人から目が離せなくて、苛立つ気持ちが抑えられなかった。
は!?阿部ちゃんの彼氏は俺だろ?!なんでそんなにくっついてんの!?
まさか、阿部ちゃん、目黒のこと好きになったの?
そんなの絶対やだ。許さない。
今まであぁだこうだと考えていたことなんて、どこかへ吹き飛んで、気付いたら阿部ちゃんをその場で組み敷いていた。
阿部ちゃんと触れ合わせていた唇が離れて、徐々に冷静さが戻ってくる。
こんなにがっついたのは初めてだった。
傷付けてしまってはいないか、こんなに気持ちを抑えずに触れたのは初めてだと、一気に頭の中にいろんな考え事が浮かんでは消えて、急に居た堪れなくなった。
その場を離れようとすると、阿部ちゃんに腕を掴まれてしまった。
阿部ちゃんはずっと楽しそうに笑っていて、悔しくなる。
しかし、やっぱりその顔はとっても可愛くて、この先も一緒にいて欲しくて、思わずこぼれた。
「ずっと、そばにいて。どこにもいかないで。好きだよ。」
俺の可愛いお姫様は、俺の腕の中で少し驚いた顔をしてから、満足げに微笑んだ。
お借りした楽曲
Empty//Princess. / 小倉唯 様
コメント
4件
ぎゃあーーーーーーー好きすぎる!!🤦🏻♀️💙💚
なべ攻め苦手ですがこれは好きです🫶