だいぶ遅くまで、金の角のカタツムリを探してしまった。
雨の森はすっかり夕方の気配に包まれて、鳥の声も少なくなっていた。
「……もう帰ろか。今日は神さん、ここにはおらへんみたいやけん」
うたくんが、ぽつりと言う。
「わたしにあんだけ覚悟が必要とか言ってたくせに、ずるいこと言うんやね」
「……神さんにおうたら、そのうち分かるわ」
「……なにそれ」
雨のにおいが濃くなって、ふたりは足元の泥を気にしながら来た道を引き返した。
玄関の引き戸をガラガラと開けると、かすかに味噌のいい香りがした。
おばあちゃんに何も言わずに出かけてしまった。怒られるかもしれん、そう思った。
「おそかったな……もうご飯できちょるから、あったかいうちに食べんしゃい」
「……ごめん」
ちゃぶ台には湯気の立つお味噌汁、ふっくら炊けたご飯、見た目からして栄養満点そうなサラダ、それに味の味噌煮が並んでいた。
「いただきます」
湯気の向こうで、おばあちゃんが箸を止めずにぽつりと言う。
「あんた、なんか……あかんことしてるんとちゃうやろな?
探しても出て来おへんもんなんよ。そやけどな、その時が来たら、導いてくださるもんなんやけん」
ギクッとした。
おばあちゃんには、やっぱり何もかも見透かされてるみたいや。
「……先祖代々、見てきたって言ってたけど、おばあちゃんは見つけたことあるん?」
「見つけたんは見つけたんやけどなあ……
ちょっと失礼なことしちょってな。もうばあちゃんの願いは叶わんようになってしもうたんや」
「なにしたん?」
「そりゃ〜……言われへんよ。
見つけてからのお楽しみやね」
「なにそれ……」
おばあちゃんは、笑うでもなく、ただ穏やかにお茶をすする。
夜になって、部屋の電気を消す。
布団に横たわって、天井の暗がりを見つめながらつぶやいた。
「……早く、お姉ちゃんに会いたいな」
ふっとまぶたの裏があたたかくなって、思い出がひとつ、浮かびあがる。
『ひなこぉ、おねえちゃんな? 金色の角のカタツムリ、探そかと思うねんな!』
『そんなの信じてんの?おねーちゃん』
『こんな狭苦しい田舎で唯一の娯楽、信じやんと生きていけんよ!』
『絶対、おると思うねんな〜金色の角のカタツムリ!』
『……普通のカタツムリなら、お姉ちゃんの肩にのってるけどな』
『ぎゃあああ!!もーやめてや!! 日菜子取ってえや!!加菜触られへんねん!!!』
『ふつうのカタツムリすら触られへんのに、どうやって願い叶えようとしてるんよ〜』
『それとこれとは別やんか〜!』
ふたりして、ころころ笑い転げる。
雨の音がやさしく響く部屋で、笑い声が混じりあっていた。
あぁ、あの時間は、なんてしあわせだったんやろう。
けれど──
雷鳴が空を裂くように響く。
川の流れは牙をむいて荒れ狂う。
黄色いテープには「立ち入り禁止」の文字。
ざわざわと集まる人々。
誰かが泣いて叫ぶ。
自分の声だった。
『おねぇちゃん!!!! お姉ちゃん!!!!!!!!!!!!!!』
雨の音が、今も耳の奥で止まらない
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