美形軍人に連行された少女の末路　～辿り着く先は見知らぬ夫の元か、投獄か！？～

「……や、やだ。やめて」

弱い人間が持つ本能で、ベルはレンブラントの胸を押す。

「駄目だ」

短く、きっぱりと言ったレンブラントから、この場に相応しくない清々しく、微かに甘い香りがベルの鼻孔をくすぐる。

すぐに彼のコロンだと気付いたけれど、どうだっていい。それより大きな身体が、まったく動かないほうが問題だ。これまで少しでも怯えたら、すぐに離れてくれたのに。

「まぁ、確かにレイカールトン侯爵と結婚すれば、あんたは食べるものに苦労しない。間違いなく今よりいい環境で過ごすことができるだろうなぁ……その身体と引き換えに」

そう言いながら、レンブラントは自身のタイに指をかける。その仕草が、どういうことを意味しているかは、結婚願望がないベルだってわかる。

ひぃっと、掠れた悲鳴が漏れるが、レンブラントはそれを無視して、タイを解いて、シャツのボタンを一つ二つと外していく。

はだけた白い生地の隙間から喉仏が見えて、ベルはこの銀髪軍人が成人した一人の男だということを改めて知った。

「いや……や、やだっ。もう、離して」

「駄目だ、離さない。ああ、言っておくが、今のあんたの態度は男の嗜虐心を煽っているだけだ。そうされればますます嬲りたくなる。逆効果だ。あと俺は、そういう女が大好物ときている」

「そ、そんな……」

なんて殺生なことを言ってくれるのだろう。

なら拒まずに誘えばいいってことなのか？いや、違う。それ以前の問題だ。

この男は有り得ないことに、護衛対象に欲情している。

「お、お仕事中ですよ！いいんですかっ。そんなことをして！！」

「あいにく俺は、今、休憩時間なもんでね。これは完全に私的なことだ。残念だったな、お嬢さん」

ベルの顔色は蒼白だ。カタカタと小刻みに身体が震えているせいで、声を出したくても出せない。

（なに都合の良いこと言ってんの！！）

こんなこと生まれて初めてだ。生きてきて、これほどの恐怖を覚えたことは無い。

もうやめてと訴えているというのに、レンブラントは残酷な笑みすら浮かべている。とんだ野獣だ。

「……ごめ……ごめんなさい……ごめんなさいっ」

「何を謝っているんだ？」

必死に声を振り絞って懇願しても、野獣は瞳を細くして見つめているだけ。獲物を嬲り殺そうとしているような目つきだ。

その視線に──ベルは耐え切れず、全面降伏した。

「ごめんなさいっ、本当にごめんなさい！生意気なことを言いました！！」

何を訊かれてもペロッと吐いてしまう程、ベルは全力で白旗を上げた。

今は目の前の男が、ただただ怖かった。これから先に起こることを回避できるなら、何だってする。そう思ったし、覚悟した。

けれど、レンブラントは何一つ問うことはせず、要求することもなかった。

僅かに身体を揺らしたかと思えば、堪えきれないといった感じで、ぷっと小さく吹き出したかと思うと、「もう駄目だ」と言って、声を上げて豪快に笑い出す。

その顔からは、もう飢えた野獣のような危険な香りはしなかった。

「え？あ、あの……っ！？」

「あー久しぶりに、笑った、笑った」

そう言いながら、レンブラントはベルの両脇に手を入れ、持ち上げる。

急に浮いた身体に驚き、無意識に足をバタつかせようとしたベルだが、あっという間に向かいの席に座らされる。

「……と、言うわけだから、もう少し考えた方がいいって俺は言ったんだ。わかったか？初心なお嬢ちゃん」

目を白黒させるベルの頭を、レンブラントはぽんぽんと大きな手で優しく叩く。

「……っ」

ここでようやっとベルは、レンブラントから何をされたのか気付いた。

要するに彼は、かなり強引に教育的指導をしたのだ。抑えきれない雄の衝動をぶつけようとしたのは、全て演技だったということで。

（くそっ。やられた！！）

完膚なきまでに敗北したベルは、心の中ではしたない言葉を吐いて、ぐぬぬと呻いた。