side wakai(28)
「俺のこと好き?」
俺を見上げてそんなことを尋ねてくる17歳の元貴が、心底愛しいと思った。
きっと、彼は。
全てのことに聡い彼は、俺の心の内に気付いてるんじゃないかとさえ思ってしまう。
俺と元貴が、未来ではどうなっているか、 彼は分かってしまっているんじゃないか。
そんなことを考えながら、それでも目の前の欲に縋るしかないと思った。
何も考えずに、元貴と愛し合いたい。
そう思って、ただ只管に。
目の前にある温もりを感じたい、ただそれだけだった。
事が終わると、途端に虚無感が押し寄せてきた。
ああ、俺は。
俺は一体何をしてしまってるんだろうか。
つい、魔が刺してしまったとも言うべきだろうか。
真っ白で、汚れのない、真っ直ぐな彼に触れたとしても、俺の「今」が変わる事なんてないのに。
気休めでも良かった。
元貴に愛された証が欲しかった。
「ごめん、元貴」
後始末をしているうちに、元貴(17)は小さな寝息を立て始めた。
ああ、きっとこの頃から、寝る間も惜しんで頑張っていたんだろう。
そう思うだけで胸が締め付けられる思いだった。
ごめん、お前には、俺がいるのにね。
今の俺じゃなくて、お前と同い年の俺が傍にいるっていうのに。
大人の狡さを利用した。
「ごめんね」
愛しさと申し訳なさで堪らなくなって、ソファで眠る元貴の髪に触れた。そのまま頭を胸に抱いて、再びその温もりを確かめる。
「大切にするから…ずっと大切にするから。俺の傍を離れないでいてやってほし…」
寝言なのかわからないような言葉。
ああ、俺ほんとに何やっちゃったんだろね。
こんなにも、俺と「元貴」のことを考えている彼が心底愛しかった。
これから、きっと色々なことがあって、変わってしまうのかもしれない。でも、それでも、この元貴がずっと俺を大切にしたいと思っていることが分かる。
「離れないよ、ずっと」
元貴がいらないって言うなら別かもしれないけど、そう言われないうちはずっと傍にいよう。
報われなくても、辛くても。
元貴の傍にいられるだけでいい、 そう思おう。
涙が頬を伝って、泣いていることに気づいた。
「さあ、どうしたもんかな」
このまま、一緒にいるわけにはいかない。そう思って俺はそっと元貴から身を引く。
さっきの言葉は寝言だったのだろう。元貴は眠ったままだ。
「お金だけは置いとくね」
そう小声で囁いて。
眠りが浅い元貴はすぐに目覚めると思う。でも、もし眠ったままだったら?
そんな懸念があった。
元貴のズボンのポケットから携帯電話を取り出す。
これまた懐かしいガラケー。二つ折りのそれを開いて、着信履歴ボタンを押した。
「若井滉斗」の文字を確認すると、発信ボタンを押した。呼び出し音を確認するとすぐに終話ボタンを押す。
もうすぐバイトが終わる時間だろう。「俺」はきっと着信履歴を確認する。元貴からの着信に必ず折り返し電話をするはずだ。
マナーモードを解除するのも忘れなかった。
「さよなら、元貴」
俺、と幸せに。
この先、色々なことが待ち受けているわけだけれども、乗り越えていけるから。
そう思って。
去り際に名残惜しくなってしまって、俺は最後にもう一度彼の唇にそっと口付けた。
「ありがとうね」
色々と気付かされることがあったのは確かだった。
彼にとっては悪い夢かもしれないけれど。
いや、もういっそ悪い夢だと思われたかった。
「さよなら」
後ろ髪を引かれる思いで、部屋の扉を開けた。
もうすぐ、鬼のように電話がかかってくるだろうな、なんて思って俺はクスリと笑う。
俺も、戻らなきゃな。
本来の場所に。まぁ、戻り方なんてわからないんだけどさ。
そう思って扉を閉めた。
「もー! 若井トイレ長いよー!いなくなっちゃったかと思ったじゃん!」
え?
俺、今カラオケボックスのドア閉めたよね?
あれ?
涼ちゃんの声?
目を擦りながら、背後を振り返るとそこは廊下。
廊下? 部屋の扉は目の前で、閉めた筈の扉を俺は開けていた。
そしてドアの向こうは俺がもといた部屋で。
当然、ソファに座った涼ちゃんは楽譜と睨めっこしてる。
「え、あ、俺。トイレ行ってたよね」
「は? トイレ行くねって言ったの若井でしょうが。大丈夫? 疲れてない?」
「だ、大丈夫」
一体どういうカラクリなんだ。
まさか夢かなんかだったのかな。
そう思いながらジーンズのポケットに手を突っ込む。
紙幣は無くなってる。
夢、ではないと思う。
だって、明らかにまだ俺の身体にはさっきまでの行為の余韻が残ってる。
だとしたら。
「戻ってきたんだ…」
涼ちゃんには聞こえないよう小さな声でそう呟きながら。俺は机の上に置いた自身のスマホを手に取る。
2025年、うん、今年だ。
そう確信して。
なんでもなかったフリをして、裏返したままの譜面を捲る。
と。
「涼ちゃん、若井! 戻ってきて!」
ドアを開けた元貴の姿が目に入る。
ああ、元貴だ。
一瞬、俺の身体がこわばってしまう。
「若井、大丈夫?」
涼ちゃんが心配そうに俺の顔を覗きこむけれど、首を振って大丈夫とだけ返した。
コメント
4件
うわぁー!!毎話面白すぎる!毎日楽しみに待っています!!展開の予想がつかなくてドキドキしながら楽しませてもらっています!
ついに元の時間軸に戻ってきた💙さん……! 17歳の❤️さんはあの後どうなったのかな…28の❤️さんの記憶に残ってたりしたり🤔 続きめちゃくちゃ楽しみです!🥹🫶