side motoki(17)
夢を見ていた。
何にもない、真っ白な空間を俺は歩いている。一体どこへ行こうとしているのか、目的はわからないまま、ただひたすらに歩いていく。
目線の先には若井がいる。俺の方をじっと見つめて、そして涙を流している。
泣かないで。
なんで、なんで泣くの?
泣くほど、悲しいことや、辛いことがあったっていうのか。
俺が隣にいるから、俺が傍にいるから。
だから、悲しまないで。
これ以上、辛い思いをさせたくない。
もがきながら。
泣いている若井めがけて、ひたすら歩みを進めた。
若井、若井。
名前を呼ぶ。
いや。
泣いているのは。
若井じゃない。
これは、誰?
「若井…!」
目覚めると、カラオケボックスの部屋の中。いつのまにか、眠ってしまっていたらしい。
だるい身体を起こして、ゆっくりと周りを見回す。
少しだけ眠ってしまったのだ。
でも、さっきまで隣にあった温もりは消えていた。
「お兄さん…?」
いなくなった温もりを探すように、そう呼んだ。でも、返事はない。
全て夢だったのか。
彼に出逢ったことも、なにもかもが夢だったのか。
俺はちゃんと服を着ていたし、後始末をした筈の残骸はどこにもない。でも、俺の両手には彼の感触がまだ残っていた。
あんな、リアルな夢があるもんか。そう思いながら俯くと、テーブルの上に折り畳まれた紙幣が目に入る。
「夢じゃ、なかった…」
夢のように現れて、夢のように姿を消した彼。
薄れゆく意識の中で、言われた「ありがとう」という言葉は、紛れもなく彼自身が俺にかけたものだったのだ。
彼は、元いた場所に戻っていったんだろうか。
そう、28歳の俺がいる場所へ、彼が がいるべきところへと戻れたんだろうか。
そこまで考えていると、電子音がけたたましく鳴り響く。
電話だ。ディスプレイには若井の名前だ。バイトが終わったんだろうけれど、どうして電話なんか。
そう思いながら通話ボタンを押す。
「はい、もしも…」
「元貴? 電話なに?」
電話に出た瞬間、若井のいつも通りの声。
「え? 電話?」
「え? 着歴残ってたから、かけたんだけど。大丈夫?」
合点が全くいかなかった。
話が噛み合わない。
俺はさっきまで寝ていた。若井に電話なんてかけた覚えは全くない。
「あ」
浮かんだのは、彼の姿。
もしかして。彼がそうした?
もし、俺が目覚めなかったら。
ずっと眠ってしまった時のために。
「若井」に電話をかけさせて、俺を起こすつもりだったのか。
「ほんと、そんなとこまで変わらないよな…」
目から涙が溢れ出た。
「元貴? 大丈夫? どうしたの? なんかあったのか?」
電話の向こうの若井の心配そうな声が聞こえてくる。
「大丈夫、俺が、だよね。そう、俺がかけたんだ。うん」
自身に言い聞かせるように。俺はそう答えながら涙を抑えることができないでいる。
「元貴、今どこいる? バイト終わったし、今から行くよ」
電話の向こうから聞こえるいつも通りの若井の声。いつでも俺の傍で、俺を支えてくれる、そんな若井が心から愛しいと思う。
「ん…俺がそっちいくから、待ってて」
一刻も早く若井に会いたくなった。会って、その笑顔を見たくて仕方がない。
「そう? じゃあ、いつもの公園で」
バイト先のスーパーの近くにある公園の噴水前で若井と落ち合う約束をした。
机の上に置かれた紙幣を握りしめて、ギターを担いだ。
「ねえ、若井」
部屋を後にしながら、俺は電話の向こうの若井の名前を呼ぶ。
「うん、どした?」
若井も移動中なんだろう、車のクラクションの音や自転車のベル音がきこえた。
「好きだよ」
「なんだよ急に。照れる」
「俺、ずっと好きだからね。ずっとお前を大切にしたいと思うから」
今まで、口に出来なかった想いを若井に伝える。
「うん…俺も元貴が好きだよ、ずっとね」
「彼」と同じ声で。
電話の向こうの若井が恥じらうように言った声が耳に響く。
これで、いいんだよね。
いなくなってしまった彼に向けて、俺 はそう心の中で呟いた。
「お兄さん、俺は、俺のままでいられるようにするからね。忘れてしまわないようにするからね」
いつだって当たり前にそこにあるもの。
それが当たり前じゃないことを彼が気付かせてくれた。
大切にしよう。本当に、大切にしようって思えるようにしよう。
俺が、変わってしまわないように。
走って若井の待つ公園へと急ぐ。
俺の姿を見つけた若井が俺に手を振る。
俺も両手を振って、若井の元へ駆けて行く。
若井の顔を見て、本当の好きを伝えるために。
コメント
7件
時差コメ&初コメ失礼します( . .)" まじで、話が最高すぎて一気読みしてしまいました!すごく切なくて、愛しくて素敵で悲しいお話…文章の書き方とか天才的で尊敬します…✨️
初コメ失礼します! ここまで一気見しました 涙出てきてすごい好きです フォローも失礼します
大人の方のふたりが出来なかったことをこっちではしてるみたいで切ない、、、 自分だったら絶対にこうするって分かっての大人💙の行動最高すぎる 大人軸の方も気になる!!! 続き待ってます!!!